第8話 クールwithスピーディー

『この光は……!』


『また……姿が変わった……?』


 光が消える頃には僕の姿は青と青紫を基調とした身軽な姿に変わっていた。しかも驚くべき所は変化がそこのみで終わらず、武器も左手のクローというか盾っぽいけど先端がかなり突き出て鋭利になっているような物になっていたのである。


『だが、そんな防御をかなぐり捨てたような外見でこの危機的状況をどう脱するつもりだ?』


 もしこの姿が僕の瞬間的なイメージで生み出されたなら……あの戦法が使えるかもしれない!


『こうするんだよ……!』


 僕が足に力を込めて駆け出すと一瞬でゲンジさんの背後に接近する事が出来ただけで無く、近くにいた大蛇もいつの間にか消えていた。


『まさか、旋風を味方に付けたというのか!?ぐぁっ……!』


『何かちょっと使いにくい武器だけど……せっかくだからこのまま押し切らせてもらうよ!』


 僕はそのまま彼の背中を斬り付けると彼を蹴り飛ばしながら後ろへ下がりつつ、武器から青色のブーメランのような光の刃をいくつか飛ばした。


『ぬぅ……何という事だ……!術を完全に破り、拙者にここまでの深手を負わすとは……』


『はぁ……はぁ……うっ……この姿になると何か乗り物酔いしそうだな』


『だが、影に生きる者として……主に持ち帰る首が無いのならば生きる意味を無くしてしまうが故、お前はここで終わらせる!』


『終わるのは貴方の方だ……ゲンジ!』


 僕は首を撥ねようと迫ってくるゲンジさんに反撃する為にギリギリまで引き付けながら左腕の武器にエネルギーをためてその時を待った。


(終わるのは貴様の方だ……源氏!)


 そうか……拙者はそもそも一度死んでいたか……再起の為とはいえ、闇に手を出していたのだな……忍は影であって闇では無い、そうですよね、先生。


『ゲンジさん……』


 何だろう……急にこの人から殺気が消えた気がする。むしろ……介錯を頼んでるような気がする……!


『話す時間、少しだけなら作りますよ……やぁっ!』


 ゲンジさんが先端に刃の付いた長い剣を振り下ろすよりも早く、僕はエネルギーを溜めた武器で彼の左胸を貫いた。


 そして僕らは互いに等身大へ戻った。


『しょ、少年……何故情けをかけた……お前を殺そうとした者なんだぞ?そんな事をする余地が何処にあったというのだ……』


『貴方の方こそ、そんな事を質問しなくったって気付いてるんじゃないですか?』


『確かに……その通りかもしれん。拙者は元々戦国の時代にとうに死を迎え、それを受け入れたはずの存在だったんだ……正義の為に悪の首を撥ね続けたあの日々こそが拙者にとって有意義な時間だったのだな』


 ゲンジさんは赤く光り続けている目から涙を流し始めていた。


『少年……拙者の魂は何処へ向かうか……分かるか?』


『天国へは……行けないかもしれませんね。でも、閻魔様に素直に罪を打ち明けて償いさえすれば、天への道は開かれるんじゃないでしょうか?』


 この少年……一目見た時から分かっていた。剣士でありながら、その根底には平穏を掲げていた……故に、温かいのだな。


『そうか……拙者は幸せ者だな。最期の時を……こんな優しい少年に見届けてもらえるのだから。消えてしまう前に……名を聞こう』


『僕はルクシア……ううん、光瑠って言います』


『光瑠……ありがとう……!』


 ゲンジさんはそう一言感謝を告げると、左胸から広がった光に包まれて空へ昇るように消えていった。


「実に美しい瞬間でしたね……」


 その直後、僕の背後から透き通るような男性の声がした。


「貴方……誰ですか!?」


「私はドゥンケル、貴方達がかつて封印した闇の魔将……その実質的な首魁ですよ」


「何しに来たんですか……ゲンジさんの死を笑いに来たんですか?」


「まさか……私の配下の死を蔑むなどしませんよ。私はただ、挨拶をしに来たのです」


「挨拶……?」


「えぇ……互いに1000年眠った者同士、過度な干渉は控えましょう……なんてね」


 本能的に分かる……この人は嘘こそ言わずとも発言の節々に闇を感じる。言葉選びが難しいけど……危険だって事は分かる!


「言いたい事はそれだけですか?」


「おぉ、怖い怖い。今はまだ攻撃を仕掛けるつもりはありません……では、夜も更けてきましたから私はこれで」


 そう言うとドゥンケルと名乗った青年は自分の影の中へ沈むように姿を消した。


「何か……疲れたなぁ……」



「ご、ごめん……あまり眠れなくってさ……」


「もう何やってるのよ……もしかして昨日の夜に起きた怪獣騒ぎをどうにかしようとしたの?」


「うん……体が動いちゃってさ……」


 僕はあの後一睡も出来るはず無く、目に隈を浮かべてあくびを繰り返し、その上寝癖が数個も付いたままレナさんと一緒に歩いていた。説教されて当然である。


「責めても仕方ない……わよね。じゃあ、急ぎましょ……今から行けばまだ誰も来てないから」


 レナさんは言葉を遮るように走り出した。僕もその理由を問う事はせずにただその背中を追った。



「ね、誰もいなかったでしょ?ねぇ……これしてあげても……いいわよ?」


 レナさんは鞄を席の横に引っ掛けると床に正座してポンポンと腿の辺りを軽く叩いた。


「え、あっ……えっと、それって……」


「早くしないと皆来ちゃうわよ」


「じゃ、じゃあ……失礼します」


 僕はレナさんの腿の辺りにそっと頭を載せてみた。凄く落ち着くような甘い香りが鼻を擽った。


「少しは……寝れるでしょ?」


「え……まさか、これをする為に走ったの!?」


「そ、そうよ……だって春野君は夜遅くなのに皆を守る為に戦ってくれたから……私に出来る事はやりたいの」


「そっか……」


「ふふっ、男の子なのに寝顔は凄く可愛いのね……春野君」


 レジーナは自分の膝枕でスヤスヤと寝息を立てて眠る光瑠の頭を撫でながら仄かに頬を赤らめて微笑んだ。


「おっはようございまぁあす……って、うえええええ!?れ、レジーナさんが男の子を膝枕してるぅ!?」


「ちょっと、香菜……今春野君は寝てるのよ?少しは静かにしてあげて」


「珍しいね……中学の頃のレジーナさんだったら男の子にかなり酷いあだ名を付けたり、近づいてきた人にロシア語で思いっきり傷付けたりしてたのにね」


「春野君はそんな子じゃなかったもの……私の過去の事を聞いて、親身になって慰めてくれたし……私の事を特別扱いしなかったもん」


「あらま、レジーナさんの顔がいつにも増して乙女になってらっしゃいますな」


 香菜は遠回しにレジーナの事をからかいながら、彼女が見せた可愛らしい一面に対して微笑んだ。


「私は春野君の事は本当に友達だと思ってるだけだから!好きだったとしてもまだ告白する勇気なんて……」


「いいんだよレジーナさん……本当に彼に告白したかったらいつでも相談しなさい!背中を押したり、彼とのデートのセッティングなら任せなさいな」


「だからまだ好きだって言ってないでしょ!?からかうのも程々に……あ」


 香菜とレジーナが会話していると、それに気づいた光瑠が目を覚ました。


「えっと……レナさん、何でそんなに顔が赤いんですか?」


「あっ、ちちち、違うの!これはただ、暑いからこうなっただけで……うわぁぁぁん!」


 レナさんは僕が起きたのを確認するなり、物凄い勢いで教室を飛び出していってしまった。

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