第3話 少年の逃げ癖はやっぱり治らない


思い返すと僕はいつも一人だった。ハウンズ家の本邸にいた時も、敷地内の森で暮らす様になってからも。周りに他人がいないことが当たり前で、特に寂しさを感じる事もなかった。そんなボッチな日々を送る僕の前に祖父を名のる老人が現れたのは僕が10歳ぐらいの時だったと思う・・・。


親や兄弟に虐げられいつも逃げていた当時の僕は、親しげに話しかけてくるその老人をすごく警戒した。親兄弟も含め、他人は僕にとって恐怖そのものだったからだ。でも老人は違った。恐ろし気な雰囲気とは異なり、とても明るく(変態で)、見た目と性格は別なんだと少しだけ救われた感じがしたものだった。いつからかは忘れてしまったけれどその老人を「じいちゃん」と呼ぶようになっていた。



だから怖くない。勇気、元気、やる気だ。話し掛けたら案外優しい人・・・かもしれないじゃないか。ゆけ!声を賭かけろ!コミュ障を返上だ!・・・・ん、アレは?


屈強な体躯の寮長にビビりながらも話し掛けようとアレコレ考えながら後うしろを歩いていると、ふと気づいたことがあって自然と寮長に声を掛けていた。


「きょ、今日はいん、いいお天気ですね・・・」


ちょ、待てよ!違う違うナニ言ってんの?全然自然じゃないし!しっかりコミュニケーション取って下さい僕!怖くても頑張れお願いします!


「ハハハハ、面白い奴だな。お前はたしかハウンズ家からの入団者だったな。大分だいぶイメージと違うな、もっとこう・・・知的なヒョロヒョロが来ると思っていたよ。」


「あ、い、家の中では頭は良くない方でした・・。逆に身体はふゅ、普段から鍛えるつもりでよく動かしてました。」


「丈夫な身体こそ兵士には不可欠だ。近衛候補生の中には御貴族様の子弟もコネで入団してくるが大体一月ぐらいで辞めていく。お前は大丈夫そうだな・・・まあ容姿は低評価だろうが。」


ブサイク+コミュ障+ロリ本大好き=キモヲタ

キモヲタは出世できません。あしからず。


入団初日から何この絶望感。キズつきます。


・・・まあ近衛と言うくらいだから王族の警護もあるんだろう、そうなると容姿もけっこう重要視されるんだろうなあ。ハア・・・。



「ちょこ、ころでリンダ寮長。あしょこで、何か訓練をしているのは近衛兵ですか?」


障害物競争?的な事をやっている。みんなかなり疲労困ぱいな感じだな、広くて全体は見渡せないようなコースを何周もしているのかもしれない。


「そうだな。あれは近衛師団の第1近衛大隊だ。王都警護勤務と訓練、休養と領地の警けいらを大隊ごとに別れて行っている。大隊単位でも小隊に別れて4組3交代で任務に付いているはずだ。あれは訓練任務中の小隊だろう。」


なるほど。働いた事がないのでイマイチ理解ができない、おいおい解わかっていくだろう。多分・・・・、いや聞きたかったのは組織構成のことでなく訓練中の人達なんですが。


「りょ、寮長。あの訓練しているひゅと、人達なんで女の子ばっかりなんですか?」


「んんー?あれはエリーナ様の近衛騎士小隊だな。第一皇女の。ほら、赤い薔薇の絵の白い腕章を付けているだろ。皇女様の近衛騎士だからそりゃ女性に限られるだろ?」


エリーナ様の近衛騎士?女性に限られる?そうなの?なんか嫌な予感がしてきたな。そういえばこの城に来てすれ違った人、かなり女性率高くなかった?僕はコミュ障なんだ。特にキレイな女性とはマトモに話せない。これまで義母以外は男としか接して来てない人生なんだ。


「ついたぞ、ここが候補生宿舎だ。お前の部屋は1階入ってすぐのところだ。部屋に居る時は玄関と部屋の入口の札を《待機》にしておけよ。」


「わ、わかりました。」


白くてキレイな建物だ。この間まで森に作った丸太小屋に住んでいたからルールとかマナーとか大丈夫だろうか?緊張してくる。


「すでに同室の候補生が昨日から来ている挨拶はしておけ。それとお前用の机に今後の教育スケジュールや座学用の資料が置いてあるから確認するように。以上だ。何か質問はあるか?」




「・・・・・・・・・あ、い、夕食」


「ハハハ。来てすぐメシの心配か?図太いな。屋上の鐘の音が食事の合図になっている、聞こえたら食堂にいけ。」


「あ、ありがとうございます・・・。」


用件を伝え終わるとリンダ寮長は颯爽と僕を置いて去って行った。だが僕は呆然としたまま立ち尽くしていた。なんてこった!同室だと?僕に他人と同じ部屋で過ごせ・・・だと?い、い、い、ムリ。ムリムリムリムリムリィー!!なんで気が付かなかったんだ?ありえたじゃないか!軍隊なんだ。共同生活に決まってる。よし!無理!帰ろう!この支配からの卒業!始まる前から終わってた件。


いや待てロイ、慌てるなよ。これは脱走だ。軍隊なんだ見つかったら命も危うい。まずは札を《待機》にしておく。同室者に挨拶して同時にトイレと告げて別れる。そのままトイレに行き個室窓から外に出る。それから・・・ってあれ?そこからどうする?



「ガチャ」


またもや思考しながら歩いて自分の部屋まで来ていた僕は、まとまらない頭のままドアを開けた。



「??・・・!!」「・・・・・・・・」



真っ赤な髪の、女の子が、僕の真正面で、思い切り目があった。沈黙の帳とばりが優しくふたりを包む、しばし見つめ合うふたり。そうか、これが恋なんだね、じいちゃん・・・。


「ランカ!キル!」「ガルゥ!」


女の子の声に呼応するように狼が僕に飛び掛かってくる。喉笛、殺しにきてる!なんでぇ!


左腕を咄嗟に出し首を守ると狼は僕の左腕に噛みつき、反動を付けて躰を回し始める。


「デスロール?」噂に聞いた軍狼の対人戦闘技だ。


躰を回転させ、噛み付いた部位を骨ごと食い千切る。野生の狼の戦い方じゃない。


僕は狼の首輪を右手で掴んで回転を抑えると同時に身体を反転させながら左後ろにあった棚に狼を叩きつけた。狼が一瞬息を呑んだ、そのタイミングで下腹に蹴りを叩き込む。


狼は噛みつきを離してうしろに下がると赤髪の女の子を守る様な態勢をとった。さすがに賢い。  あのまま歯の通らない腕に噛みついたままだったら追撃の蹴りで内臓を破裂させてやれた。しかし離れる時に爪に引っ掛かれたのか腰紐が千切れてズボンが足元におちた、まずいな足を取られる。


「ラ、ランカ。だ、大丈夫?」


赤髪の女の子は涙目だ。今の殺りとりの間にベッドのシーツで身体を隠していた。いや、服きてますよ?


そもそもあらぬ誤解?からこんな事態になっているはずだ。キチンと自己紹介とノックを忘れたお詫びをすればこの場は収まるはず・・・。


《ドタドタドタドタ、》


「クラリネ様どうかされましたか!?凄い音がして、きま、したが・・・。」


開け放たれたドアから女の子が2人、狼が2匹、顔を覗かせると赤髪の女の子と僕を交互に確認して明らかに2人と2匹は敵意むき出しの顔つきになる。


《体を隠して涙目の女の子》《ケガをして唸うなり声を上げる女の子の狼》《明らかに怪しい雰囲気のブサイク男》《ブサイク男は女の子の前でズボンを降ろしてニヤついて息が荒い》


完全に通報案件です。今の僕をみたら憲兵隊から裁判官まで秒で有罪確定でます。



・・・・どうしてこうなった? ただでさえ容姿も、性格も、趣味も、最低と叩かれてるのにお次は冤罪えんざいの犯罪者かよ。



すでに僕は夢は《幸せになりたい》ではなく《如何いかにここから無事逃げ出すか》に変わっていたのだった。

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