第2話 宇宙の帝王いらっしゃ~い(2)
ハッピー聖堂に到着したときには、そこは既にたくさんの人でごった返していました。空には赤青黄色、カラフルなバルーンがうかんで、宇宙の帝王が率いる宇宙船が何隻も停まっています。おっと、欲ばりなブタの子どもが小さなバルーンを百個ほど独占していますね。百個もあれば、彼の体は宙にういてしまいました。ブタが飛んだ、歴史的瞬間でした。翌日のハッピータウンタイムズの一面は、彼で独占されました。
「夕方にまたむかえにくるよ」
運転席にすわったままダビデさんが言いました。
「うん、ありがとう!」
「今日こそは当たる気がするんだ。昨日の四万を取り返す」
パチンコに向かったダビデさんを見送ったあと、ポニコとエマは聖堂へ急ぎます。門をくぐると、まず二人をでむかえたのはハッピー聖堂の広場でした。広場のあちこちでは、多種多様な出店が軒を連ねていました。フランクフルト、アイスクリーム、ベビーシュー。香ばしい匂いが二人を誘惑します。しかし、今日の二人の目的はおいしいものをいっぱい食べることではありません。あくまでも目的は宇宙の帝王とピースすること。あふれるよだれを呑みこんで、二人は走ります。
たくさんの人が集まるのを狙って、広場には怪しげな勧誘をしてくる輩も大勢いました。怪しげな彼らは怪しげなビラを辺りにばら撒きます。『しあわせへの第一歩!』『宇宙と一つになりましょう』『我と起こそう、天変地異』『救出モトム』などなど。ビラの一枚がポニコの顔に張りついて、一瞬目の前が真っ暗になってしまいました。どこにトラップがあるか、気が気じゃありません。
いき交う人々の足下をするりするりとすり抜けて、あっという間にポニコたちは聖堂の前に辿り着きました。さあ、勝負はここからです。
「おや、この前の嬢ちゃんじゃねえか」
二人が意気ごんでいると、それに水を差すかのように声が飛んできました。ブルさんでした。
「あ、テロリストの刑事さん」
「おいおい、その呼び方はおだやかじゃないな」
ブルさんは頭をかきます。
「今日はどういった御用で? もしかして、またテロ?」
「いやあ、ちがうちがう。警備だ、警備。なんせ宇宙の帝王がくるんだからな、国としても、厳重な警備を敷いてるわけよ」
見わたすと、会場のそこかしこに警察がいました。しかし、彼らはソフトクリームを食べていたり、ベビーシューをほおばったりで、どうにも緊張感が感じられません。
「人手が足りないからって、正義のヒーローにも手伝ってもらってるんだがな、こいつが愚策だった」
ブルさんが指さした方を見ると、ジャック・ブライトがいました。彼は日陰でぐったりしていました。
「熱中症だ。だからマスクくらい脱げと言ったのに」
担架で運ばれるジャック・ブライトを見送ったあと、ブルさんは改めて聞きます。
「んで、そっちこそどうしたんだい? まさか、嬢ちゃんたちも抽選に参加する気かい?」
「そのまさかだよ!」
ポニコは威勢よく返事をしました。
この大聖堂では抽選会がおこなわれます。これに当たれば、宇宙の帝王が利用する宇宙船を見学することができるのです。しかし、いけるのはわずか二人一組だけ。その確率は、ゴルフでアルバトロスを百回だすことよりも低いのです。
「まあ、確かに夢のある話だがな、そうそう当たるもんじゃねえぜ? 俺も趣味ていどにゴルフはするが、アルバトロスは一回もだしたことがない」
「それでも、わたしたちはやらなきゃいけないのよ!」
エマは声を大にしました。
宇宙の帝王と写真を撮るためには、これ以外に方法がありませんでした。ブルジョワ民であれば、特別に招待される懇親会で宇宙の帝王と写真を撮れる機会もありましたが、ポニコたちはしょせんは庶民です。庶民にとっては、帝王に近づくことすら至難なのです。
「この勝負に勝たなきゃ、私たちは一生、泥水をすすって生きていかなきゃならないの!」
ポニコとエマは再び闘志を燃やしました。そんな二人を見ていると、ブルさんはついつい若かりし日のことを思いだしてしまいました。
ブルさん八才。
「おいらのブレイクダンスを見ておくれ!」
ブル少年は、ダンサーになることが夢でした。しかし、あるとき彼はダンスの先生にこんなことを言われました。
「今まで気づかなかったけど、ユー、ブルドッグだったの? ブルドッグにダンスは無理だよね? そう思わない? ユー?」
それを機に、ブルさんはダンサーの夢を諦めました。そして、ブルさんは立派な大人になって見返してやると、刑事を目指しました。そのときの己の瞳と、今のポニコたちの瞳を、ブルさんは重ねて見ていたのです。したらば、もう涙は止まりませんでした。
「お前たちの気持ちはよおく伝わった! 実は俺も抽選に参加していたんだが、この券はくれてやる! 必ず当てて、宇宙船にいってこい!」
そうして、ブルさんは自分の抽選券をポニコにあげました。
「ありがとう!」
ブルさんはすっかり泣き崩れていました。ああ、あのときダンサーを諦めていなければ自分は今……。悔やめば悔やむほど、ブルさんはワンワン泣きました。人の涙はどうしてこんなにも綺麗なのだろう。それは、ポニコの七不思議の一つでした。
「……そっとしておきましょ」
ポニコとエマはブルさんからそっと離れて、ハッピー聖堂の中へ入っていきました。初めて入った聖堂は神秘的なオーラで満ちていました。左右の壁のステンドグラスがきらめき、あまりにも高い天井からは豪勢なシャンデリアがいくつもぶら下がっています。ポニコもエマもさすがに圧倒されてしまいました。が、今はそれどころではありません。二人は抽選に参加するべく、受付に向かいます。
受付には、抽選に参加しようという人で長蛇の列ができあがっていました。ポニコとエマは最後尾につきます。そうして長い待ち時間の末、念願の抽選券を手に入れることができました。
「わたし五万八百七十二番。エマは?」
「四十七億二千五万六千九番。これ、本当に当たるのかしら?」
「信じるしかないよ。大丈夫、どっちかはきっと当たるよ!」
いよいよ発表のときです。聖堂の中心には大きなモニターが設置してあります。このモニターに表示される番号はたった一つだけです。その番号の書かれた抽選券を持つ人だけが、ペアで宇宙船に招待されるのです!
発表の瞬間、会場は多くの人がいるというのに静まり返っていました。ポニコとエマは目を見開いてモニターを見つめます。
番号がでました。
八番……!
直後、ポニコは膝から崩れ落ちてしまいました。エマもショックで、息をするのを忘れてしまうほどでした。周りからは数々の落胆の声、ため息が、湧き起こっては消えていきます。十才のポニコたちには少々刺激的な罵声も飛び交います。人々はぞろぞろと帰っていき、すし詰め状態になっていた聖堂は、ものの二、三分で、もうすかすかです。
「……仕方ないわよ、ポニコ。アルバトロス百回なんて、並大抵のことじゃないわ」
ようやく落ち着きを取り戻したエマは、まだ落胆しているポニコの肩をぽんと叩きました。その拍子に、ポニコの胸ポケットに入れていたものがひらりと落ちました。ブルさんからもらった抽選券でした。
二人は息を呑みました。
「アルバトロスよ……」
番号は八番でした。
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