第2話 宇宙の帝王いらっしゃ~い(1)

 今日は遠くへおでかけです。ポニコとエマは、カエルのダビデさんが運転するワゴン車に乗って、陽気に歌を歌っていました。


「ブルジョワに~裁きを! ブルジョワに~断罪を!」


「はっはっはっ、若いってのはいいもんだなあ」


 二人が歌うオリジナル曲「ブルジョワ燃・や・せ!」をBGMに、ダビデさんは軽快に車を走らせます。車はポニコたちの暮らすハッピータウンを抜けて、富裕層の街・ブルジョワシティーへ向かっていました。


「しかし、ポニコたちが宇宙の帝王に興味があるとは驚いたもんだ。いったい、どういう風の吹き回しだい?」


 今日は、全宇宙を支配する宇宙の帝王が、ポニコたちの星を年に一度だけ訪問する「帝王感謝の日」でした。それを記念して毎年おこなわれる感謝祭に、三人は向かっている最中でした。


 感謝祭はブルジョワシティーにあるハッピー聖堂とその領域を貸し切って、大々的に開かれます。そこでは、ベビーシューやチョコバナナといった食べ物屋をはじめ、洋服屋、アクセサリー屋、レコード屋、人形屋といった多くの出店が並びます。が、なによりの目玉は帝王御本人です。宇宙の帝王の姿を直接拝むことができるのはこの日だけなのです。感謝祭は毎年、富裕層を中心に多くの人でごった返しますが、ポニコとエマは今年になって初めて参加します。


「いかなきゃならない理由ができたんだよ」


 ポニコは答えました。


 ダビデさんはバックミラーで、ポニコとエマの様子を確認しました。すると、二人は殺意にも似た闘志をメラメラ燃やしていました。瞳に炎を宿し、二人は歌うのです。


「ブルジョワに~鉄槌を! ブルジョワに~火を!」


 最近の若者は愉快だ。そう思うと、ダビデさんは鼻歌で二人の合唱に参加するのでした。




 きっかけは二日前。


 ポニコは約束どおり、エマにブレスレットを作ってあげました。


「素敵よ!」


 エマはポニコお手製のブレスレットを見て、感嘆の声を上げました。ピンクのブレスレットを空にかかげると、それはおひさまの光をキラリと反射させました。


「気に入ってくれた?」


「もちろんよ! ポニコ、本当にありがとう!」


 ポニコは満足気にうなずきました。エマの笑顔ほど、ポニコの心をうるおすものはありません。そして、エマはブレスレットをつけました。


「おそろいね!」


「うん、おそろい!」


 おそろい、なんといい響きでしょう!


「どこにいくときもおそろいよ!」


「それに、どこにいっても安心だよ! 秘密兵器つきだから!」


 ポニコはビーズを指さしました。ブレスレットの仕掛けは、実は爆弾だけではありません。ビーズのもう一つは小さなカプセルになっていて、その中にはハッピーな粉が入っているのです。これで、いつでもどこでもハッピーに!


「ポニコ、やっぱりあんた天才ね!」


「最近のファッションはこうでなくっちゃ! それに――」


 なんて盛り上がりながら、ハッピータウンのメインストリートをぶらぶらしているときでした。たまたま、二人のクラスメイトであるホワイトタイガーのキャンディに会いました。キャンディの後ろには彼女の取り巻きである二人のヒョウがついていました。


「あらあら、庶民のお二人さんじゃない。いかがおすごしかしら?」


 キャンディと取り巻きはそろって嫌味な笑みをポニコとエマに向けました。ブレスレットで盛り上がっていたポニコたちでしたが、キャンディの姿を見るやいなや、二人はそのキュートな顔をたちまち強張らせました。


 キャンディたちはブルジョワシティーに住む正真正銘の富裕層でした。ですから、着こなすものも一級品です。うきわくらい大きなつばの帽子、イヤリングはゴールド、キャンディの白い毛並みは高級エステでみっちりお手入れされています。同じ学校に通っていながらも、そこでは社会同様、貧富の差がはっきりしているのでした。


「キャンディ、悪いけど、わたしたちあなたにかまってる暇なんかないの」


 キャンディと話したところで、どうせ下に見られるのが落ちです。わざわざ時間を割いてまで、不快な思いをしたくはありません。


「あら、ごめんなさい。でもね、どうしても親友のあなたたちに見せたいものがあって」


 キャンディが右手を上げると、取り巻きが背後から写真を一枚手わたしました。


「ほら、これ」


 写真には、宇宙の帝王とキャンディが笑顔でピースしている姿が写っていました。宇宙の帝王と写真を撮れるなんてめったなことではありません。ポニコとエマが不快感も忘れて珍しがっていると、キャンディはここぞとばかりに口角を上げました。


「いやあね、わたしのパパ、宇宙流通企業の社長じゃない? そのつてで、たまたま宇宙の帝王様と会う機会があったんだけど、ぜひわたしもってことで招待されて……」


 要するに、父親のコネで特別に写真を撮ってもらったという話でした。それだけの話を、ずいぶんとまあ長い時間ペチャクチャゴニョゴニョされたわけですから、ポニコとエマもうんざりしてしまいます。


「……で、なにが言いたいわけ?」


さっさと切り上げたかったエマは、どうせ嫌味で締めくくられるのを承知の上で聞きます。


「ほら、もうすぐ帝王感謝祭じゃない? だから、二人も帝王様と写真を撮ってもらったらどうかと思って……」


 そこで、キャンディはひどい大根芝居で「あっ」と口に手を当てました。


「わ~すれ~てたぁ! あなたたちは一般庶民だったわね。いや、ブルジョワの人なら特別優遇で写真だって撮ってもらえるかもしれないけど、庶民の方々には無茶な話だったわね! ごめんなさぁ~い」


 キャンディが上品な笑い声を下品に上げると、取り巻きたちも同じように笑いました。そのまま、ポニコたちがなにか反応するのを待つことせずして、三人は遠くへいってしまいました。


 ポニコとエマはしばらく、その場に立ち尽くしていました。おひさまがギラギラ輝いて、二人の顔から汗が滴ります。ぴちょん、と汗が落ちたとき、どちらからともなく二人は顔を見合わせました。そして、そろって言うのです。


「帝王とピースするぞ!」

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