幕間 チワワズベーカリーの珍客 その1

 静かな通りの途中に、その店はありました。店の看板には、赤いポップ調で『チワワズベーカリー』の文字が。ガラス戸をくぐると、その中はガランとしていました。店の壁に沿って何十種類かのパンが陳列され、あとはただ、店長のチワワがレジの前で肩肘をつき、あくびをする姿しかありません。


 警察を辞職して間もなく、チワワは自身のパン屋を開業しました。しかし、それは茨の道でありました。御覧のとおり、お客がきません。開店してから数日こそはそれなりの数のお客さんもきてくれましたが、それがすぎればこの有様。このままではいけない、と打開策としてオリジナル商品の開発に勤しみ、彼は白玉トーストなるものを完成させました。白玉ブームに乗ろうとしたわけです。が、それも失敗におわりました。


 というのも、商品が完成した頃には、白玉ブームはとっくに終焉をむかえていたのです。その原因は、白玉テロリストに他なりません。彼らの暴動、及び彼らの放った白玉陰謀論が世間に大きな影響を与え、白玉を嫌悪する風潮が強まっていったのです。なにはともあれ、チワワズベーカリーはすっかり経営難に陥っていました。


 その日、珍しくお客がきました。本日のお客様第一号です。


「いらっしゃいませ」


 お客様はドンドリアーヌ星人でした。とがった鼻、耳、白い髪、まちがいありません。その人物を、チワワはどこかで見た気がしてなりませんでした。あれはまだ、自分が警察だった頃、どこかで――


「クロワッサンはあるかい?」


 不意に、ドンドリアーヌ星人は聞いてきました。そんな突風で、チワワの考えていたことはどこかへ吹き飛んでしまいました。お客様は神様。彼が丁寧にクロワッサンの場所を教えてやると、ドンドリアーヌ星人はうれしそうにトレイにそれを乗せました。


「クロワッサンがお好きなんですね」


 チワワは笑顔で言いました。お客様は神様。


「ああ、それから……」


 ドンドリアーヌ星人はポケットから小さなカメラを取りだしました。そのまま、チワワの許可をもらわずして、店内を撮りました。


「写真も好きだ。こうやって、思い出を保管できる」


 今度はチワワに向けてシャッターを切りました。フラッシュがまぶしい。


「思い出は、大切にしないとね。そう思わないかい?」


 変わった人だなあ。口にはださず、チワワはうなすくだけでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る