第1話 白玉の陰謀 (6)

 現場にポニコのおじいちゃんが現れる一時間ほど前のことです。ポニコは縄をほどいてもらい、ママに電話をかけていました。手足が自由になったからって、逃げだせるほどの隙はありません。もちろん、ポニコにそんな気はまったくありませんが。


「でない……」


 ポニコは電話を耳から遠ざけて、テロリストたちに告げました。電話からはコール音が途切れ、留守番電話サービスの音声が聞こえてきます。


「おい、話がちがうぞ」


「おかしいなあ、いつもならでるんだけど……」


「なんとしても連絡を取りつけろ。でなきゃ、容赦はしない」


 テロリストの下っぱがライフルをちらつかせると、ポニコはごくりと息を呑みました。


「わかった、別に考えがあるから」


 ポニコは速やかに番号を呼びだします。相手は自宅です。


 実は、ママが電話にでなかったのも、ポニコにとっては想定内です。ママは議員です。いつも大忙しですから、ママと電話がつながる時間は、お昼の十二時から三十分の間だけと決まっているんです。ママが電話にでないと確信していたからこそ、ポニコは電話をかけたのです。そして、ポニコの本当の狙いは、この流れで自宅に電話をかけることでした。


 三回コール音が鳴ったのち、誰かが電話にでました。どういうわけか相手は無言でしたが、ポニコはそれが誰かわかっていました。


「ママがでたよ、家にいたみたい」


 ポニコは一度、電話から離れてテロリストに言いました。


「よし、あとは俺がやろう」


「ああ、待って。どうせならこっちに呼ぼうよ。その方が都合がよくない?」


 リーダーは少しためらいましたが、ポニコの提案を受け入れてくれたようでした。伸ばした手を引っこめます。ポニコは電話を耳に当てました。


「もしもし、ちょっと頼みたいことがあるんだけど」


 危ないところでした。もしテロリストに電話を取られれば、通話相手が誰かばれてしまうところでした。テロリストには相手がママだと嘘をつきましたが、ママは今、家にいません。そう、本当の通話相手はおじいちゃんです。


「あのね、今からハッピータウンのタピーズまであるものを運んできてほしいの」


「おいおい、ちょっと待て」


 テロリストが銃口を向けます。


「そんなことは聞いてないぞ。勝手なまねはよせ」


「あなたたちの目的は白玉でしょう? うちにもたくさんの白玉があるの。どうせならそれもわたそうと思って。ほら、ママは国会議員だから、国会議員の優遇ってすごいんだよ?」


 ポニコは答えました。が、さすがに怪しいと思ったのでしょう。下っぱのテロリストはリーダーに耳元で、


「ボス、このガキ、ちょいとくせえぜ。妙な動きをされる前に縛っちまいましょう」


 と囁きました。リーダーはちらと下っぱを見ました。しかし、彼はすぐにポニコに視線を戻します。


「必ず持ってこさせろ」


 ポニコはうなずき、また電話に戻りました。


「あんた、どうかしてるぜ!」


 下っぱは吐き捨てると、持ち場に戻りました。彼が怒るのも無理はありません。現状、テロリストたちはポニコのペースに呑まれつつあります。そして、テロリストのリーダーが一番ポニコに流されているのです。テロリストの間で、徐々に輪が乱れ始めていました。


「わたしの部屋に、たくさん丸いものがあるでしょ? それをありったけ持ってきてほしいの」


 ポニコは伝えるべきことをおじいちゃんに一通り伝えました。しかし、どうしたことでしょうか? 電話の向こうにいる人物は、なに一つ喋りやしません。想定外のことで、ポニコは少し焦ります。周りの人質たちも黙ってポニコを見守ります。

もしや、と、ある仮説を思いうかべました。


 確かに、おじいちゃんは寡黙な方でしたが、それにしてもここまで静かなのは珍しいことです。おじいちゃんが黙りこくるときがあるとすれば、それは相当怒っているとき。そう相場が決まっています。理由は定かではありませんが、おじいちゃんは今、かなり怒り狂っているのです。であるならば、ポニコの頼みも聞いてくれないかもしれません。ここまでうまくいっていた作戦がすべてパーになってしまいます!


 おじいちゃんが怒っている理由など見当もつきません。が、今のポニコには理由などどうでもいいんです。よりによってこんなときに……。電話を握る力が強くなりました。


「競馬……」


 不意に電話口からかすかな声が聞こえました。たまらずポニコは電話を耳に押し当てます。


「な、なに? 競馬、って言った?」


 聞き返して、ポニコは相手の応答をじっと待ちます。すると、


「今日の、競馬の、結果を、教えてくれ」


「競馬の、結果……?」


 わけもわからずポニコが繰り返すと、ある人物が反応しました。


「競馬の結果なら知っとるぞ! レースはベン・インパクトがぶっちぎりで一位だった!」


 カエルのダビデさんでした。その傍らにはラジオがあります。ポニコにはなんのことやらさっぱりわかりません。エマも、テロリストも、店長も、人質たちも同様でした。ぽかんとダビデさんを見つめるだけです。


 直後、電話の向こうで激しい物音が一つ。


 ダビデさんの声はそれほど大きかったわけでもありません。おじいちゃんも耳は遠くなっているはずです。しかし、不思議なことに、ダビデさんのその言葉だけは、確かにおじいちゃんの耳元に届いたようです。その証拠に、


「今日は楽しくなるぞ」


 おじいちゃんはそう言いました。そして、間もなく電話は切れました。


 勝手に解決したらしいです。ポニコの理解は追いついていませんでしたが、なにはともあれ準備は整いました。


 さあ、反撃開始です。

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