第1話 白玉の陰謀 (5)

 事件発生から二時間が経過していました。店の周りは警察にぐるりと取り囲まれています。やかましい野次馬を背中に、ブルドッグの刑事(通称ブルさん)はいつもの強面な顔をよりいっそう険しくして、喫茶店タピーズの入り口を睨みつけていました。入口はシャッターが下ろされ、中の様子をうかがい知る術はありません。窓ガラスも同様にブラインドが下ろされ、ときたま、物音や悲鳴なんかが聞こえるだけでした。


 今、ブルさんたちは上からの指示を待っている最中でした。警察といえど、上の指示がなければ勝手に動いてはいけません。今回のようなテロともなれば、なおさらのことです。しかし、それにしても上層部の指示が遅い気がしてなりませんでした。


「命令はまだこねえのか?」


  ブルさんは腕を組んで、激しい貧乏ゆすりをしています。


「ええ、まだ協議中のようで……」


「クソッたれが!」


 ブルさんは報告してくれたチワワの警察を怒鳴りました。完全なとばっちりを受けたチワワは、この一件がトラウマとなって、後日、辞表を提出します。それからほどなくして、彼はパン屋さんを始めました。『チワワズベーカリー』の名はまたたく間にハッピータウン中に知られることになりますが、今はどうでもいい話です。


 ブルさんは今すぐにでも突撃したい気分でいっぱいでした。元々ブルさんは待つのは嫌いな性分で、上層部に対してもあまり好意的ではありませんでした。しかし、ブルさんがイライラしている理由は、それだけではありませんでした。


 白玉テロリスト「白玉を狩る会」の活動は今に始まったことではありません。およそ三ヶ月前、彼らは突如として姿を現しました。彼らは度々白玉を取り扱う店舗を襲っては、白玉を強奪し、ときには負傷者をだしてきました。このテロに対して、政府や警察上層部の対応はけっして賢明なものではありませんでした。ブルさんも何度か現場に居合わせたことがありますが、いずれも今回同様、ひたすら待機命令でした。


 ブルさんは悲惨な現場を、指をくわえて見ていることしかできなかったのです。


「人命よりも白玉が大切ってか!」


 ブルさんは再度、罪のないチワワを怒鳴りました。ブルさんはこれまで、白玉の販売停止を何度も上司に提案してきました。まともに取り合ってくれたことは一度たりともありません。かといって、上層部はテロに対してなんら対策を考えてもいませんでした。その結果がこれ。


 もはや我慢なりません。ブルさんが怒りでピストルを引き抜こうとした、そのときでした。


「お困りのようですね、刑事殿」


 どこからともなく現れたのは、正義のヒーロー、ジャック・ブライトでした。青いマスクをかぶり、赤いマントをひらひらさせて、正義のヒーローらしく仁王立ちをしています。


「ここはボクにお任せください! 必ずや事件を解決してみせましょう」


 例えば、ここに現れたのがレインボー・キッドやミラクル仮面のような一流のヒーローだったら、歓声が起こっていたことでしょう。しかし、今いるのはジャック・ブライトです。警察や野次馬は歓声の代わりに、白けた目で彼を歓迎しました。ブルさんは思わず頭を抱えてしまいました。


「ああ、そうか……あいにくだけどな、これはお前のような三流ヒーローに任せられるヤマじゃねえんだ。わかったら、老人の荷物運びにでも精をだしててくれや」


 ブルさんは冷たくあしらいましたが、ジャック・ブライトは聞く耳を持ち合わせてはくれませんでした。ちっちっと彼は人差し指を振ってみせました。


「今日のジャック・ブライトはちがいますよ、刑事殿。今日は、想定外ではありましたがアルコールを摂取してまいりました。これまでのボクとはパワーがちがいます、パワーが」


 ジャック・ブライトはアルコールにめっぽう弱いのでした。白玉ハイボールを数滴飲んだだけで、すっかり酔って、たちの悪いことに、いつもより気が強くなっています。


「おいおい、正義のヒーローは酒と煙草は禁止のはずだろう?」


「まあまあ、細かいことはお気になさらずに」


 ジャック・ブライトは入り口の前に立ちます。


「どれ、ここらで一つ、テロリストどもをぶっとばしてさしあげましょうか? そんでもって、アルコールのパワーというものを見せてやりましょう」


 ジャック・ブライトはシャッターを勢いよく開けました。


「さあ、ショータイムの始まっ」


 ジャック・ブライトが撃たれました。


「だから言ったのに」


 敵も馬鹿じゃありません。不用意にシャッターを開けられれば、そりゃあ反撃くらいします。


 ジャック・ブライトはぶっ飛んで、仰向けに倒れました。気絶したジャック・ブライトを横目に、ブルさんは大きくため息をつきました。ジャック・ブライトは度々現場を訪れては、銃弾を浴びて帰還するということを、通算七十四回繰り返しています。七十五回目ともなれば、彼に期待する方が無理な話でした。


「ブルさん!」


 慌ただしくその名を呼んだのはまたまたチワワです。ひっきりなしに起こるトラブルで、ブルさんはもううんざりしていました。


「次はなんだ、やかましい……」


「いや、なにやら、怪しげな老人が現場に突入するとか言って、暴れているんです!」


「老人?」


 どうせ野次馬かなんかだろうと思いつつ、ブルさんはチワワに案内されました。かくして、そこには老人がいました。が、


「あれは……」


 老人は独特な風貌をしていました。警察に必死に抑えられながらも「店に入れろ!」と暴れる一人の老人。ブルさんは老人の姿を目を凝らして、よく観察しました。


 老人はサンタクロースのように右肩に大きな麻袋を担ぎ、そして、左手には、


「馬券…………?」

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