第1話 白玉の陰謀 (4)
従業員とお客さんは手足を縛られ、店の壁に沿って一列に並ばされていました。シャッターは下ろされ、出入り口は完全に封鎖されています。ブラインドも下ろされていますから、外の様子もわかりません。白玉テロリストは常に銃口を向けることで、人質たちを威嚇していました。
ポニコとエマは入り口付近にいました。相手が子どもだからって容赦はありません。手足はきつく縛られていて、逃げだすことはまず不可能のように思われます。
エマは恐怖で体を震わせていました。その振動はとなりのポニコにも伝わっていましたが、一方のポニコはケロッとしていました。この白玉テロリストのことはニュースで度々報じられていました。白玉のために負傷者百人を生みだしたことも、記憶に新しい。白玉を飲みにいくことは今や危険行為であり、故に、ポニコは白玉ハイボールを飲みにいこうとなった時点で、こうなることは覚悟をしていたのでした。
ポニコは腕に巻かれたブレスレットを見ます。これに内蔵された爆弾を使えば、あるいは脱出が可能かもしれません。しかし、相手の数を考えれば成功の可能性はかなり低く、また、仮にポニコが脱出できたとしても、残されたエマや他の人質たちが余計に危険にさらされてしまうかもしれません。
爆弾を使うタイミングは慎重にならなければいけません。
こういうときは冷静に周囲を観察することが大切だと、ポニコはおじいちゃんに言われていました。ポニコは改めて白玉テロリストを観察しました。テロリストたちは全身を黒いマントでおおっていますから、素性は知れません。しかし、体格から推測するに、メンバーはみんなニンゲンの可能性が高いです。もしくは、ドンドリアーヌ星人かしら?
そんなテロリストたちの中で、一人、気になる人物がいました。その男はさっきから細かく仲間に指示をだしており、恐らくあれがリーダーにちがいないと、ポニコは目を光らせました。以下、リーダーと呼ぶ。
「俺たちの要求はただ一つ、ハッピータウンにあるすべての白玉をこちらに引きわたすこと。それだけだ」
リーダーは、店の電話を使って自らの要求を一方的に伝えていました。相手は警察か、あるいは政府でしょうか。いずれにしても、あまりに規模の大きなテロであることに変わりありません。リーダーは受話器を置くと、人質たちの元へ歩み寄りました。そして、彼らを一望すると、「諸君」と呼びかけました。
「手荒なまねをしてすまない。俺たちは、諸君らが抵抗しない限り、けっして危害を加えるつもりはない。それは約束しよう」
人質たちは黙ってうつむいたままでした。いくらそんなことを言われたって、このテロリストが以前に多数の負傷者をだしているのは紛れもない事実です。銃口を向けられている状態で、信じられるわけがありません。
「信じられないか、無理もない」
そこで、リーダーは自分の仮面を取りました。報道などでも明かされていなかった素顔を、彼は突然さらしたのです。人質たちが驚いたのはもちろんのこと、他のテロリストたちにも不意打ちのことだったようで、店内の空気は一瞬ひんやりとしました。
とがった鼻、耳、白い髪、それらの特徴はドンドリアーヌ星人のものでした。
「確かに、かつて俺たちは多くの人々を傷つけた」
ドンドリアーヌ星人のリーダーは淡々と続けます。
「だが、それはおバカな政府の対応があまりにも酷かった結果なんだ。やむをえず、俺たちは店舗を爆破した。だが、信じてくれ。俺たちは殺りくをしたいわけじゃなく、白玉に惑わされる諸君を救いたいだけだということを!」
周りのテロリストは一斉に拍手をしました。「ブラボー!」なんて声も聞こえます。
「みんな気づいていないんだ。白玉は政府の、支配者の謀略であることを! 俺たちが白玉に踊らされていること、ピエロってことに気づいていないんだ! 俺たちは政府と戦い、人類を救いただけなんだ!」
「そ、そんな勝手なことを言うな!」
突如、反論の声を上げたのは主人公のポニコ……ではなく、この店の店長でした。店長はカメレオンです。カメレオンの店長はタピーズ・ハッピータウン本店の店長を二十年にわたって務めています。白玉への愛は並々ではなかったのです。
「し、白玉は政府の謀略なんかじゃ……」
「口を慎め」
下っぱのテロリストは銃口を店長に向けました。店長は体を硬直させましたが、なおもなにか言おうと口をパクパクさせています。そんな状況を見かねて、リーダーはゆっくりと店長に近づきました。
「店長さん、あんた、白玉は謀略ではないと、そう言ったな?」
リーダーは顔をぐいと近づけましたが、万年店長の彼にだって、意地くらいあります。ライフルがなんだ。こんなもの、日々のクレーマーに比べれば大したことありません。店長も、体を震わせながらも、テロリストから顔を背けたりはしませんでした。
「そうだ、白玉が謀略なんて……」
「ならば聞こう、これはなんだ?」
言って、リーダーはタピーズのストローを手に取りました。
「そ、それは……!」
あの、シャーペンの芯くらいの細さしかないストローです。
途端に店長は口ごもってしまいました。
「これでは肝心の白玉が吸えないだろう。何故だ?」
すると、お客さんたちはそろって顔を上げました。そうです。ポニコやエマと同様、他のお客さんたちも白玉をまったく味わえていなかったのです。すべては、あのストローのせいです。ですから、少なからず、お客さんはストローの細さに怒りや疑問を抱いていたのでした。
黙りこくる店長を見かねて、リーダーはライフルを床に向けました。そして、まさかの発砲。木製の床には、小さな穴がぽっかりと。
「人が聞いてるだろう? 他のお客様も知りたがってる。答えろ」
店長は震える目でライフルを見ながら、答えます。
「せ、政府がストロー基準法を制定したんだ……その細さでないと、白玉を販売できないし、最悪、営業停止に……」
「ちっ、政府の犬めっ!」
リーダーは吐き捨てると、店長を壁にたたきつけました。頭を押さえて悶絶する店長に、下っぱのテロリストが銃口を突きつけます。
「ボロをだしたな、売国奴め。自分の店で眠れることをせいぜいよろこぶんだな」
リーダーはライフルで店長の頭をたたきました。店長は反論する暇もなく気絶してしまいました。その拍子に、ベロをびよ~んと飛びださせました。なが~いベロでした。
「諸君、これが真実だ!」
リーダーは訴えます。
「白玉は政府の貴重な財源なんだ! 政府は白玉ブームを人為的に作り、しかし、法律でストローを細くすることで白玉の消費を抑え、同じ白玉を再利用していたのだ! コストを抑える一方で、白玉で得た利益は政府へと送られる。知らず知らずの内に、俺たちは愚かな政治家どもにお小遣いをあげていたんだよ!」
店内がざわつきます。無理もありません。真偽は定かではありませんが、テロリストの言っていることは確かに筋が通っていましたから。これが真実だとすれば、とんでもありません。これには、さすがのポニコも驚きを隠せませんでした。まさか、白玉が国家の陰謀と結びついていたなんて。
「なにやら、大変なことになってきたなあ」
ポニコの隣から、覚えのある声が聞こえました。
「あ、ダビデさん」
振り返ると、カエルのダビデさんがいました。ダビデさんは、ポニコが小さいころからお世話になっているおじさんです。黒いシルクハットをかぶり、ステッキをこつこつ鳴らして、いつもジェントルマンな印象を周りに与えていました。ですが、ポニコはダビデさんが働いているところを見たことがありません。ダビデさんの収入源は、ポニコにとっての七不思議の一つです。
「ちっとも気づかなかったよ」
ポニコはテロリストを観察するのに夢中で、カエルがいるなあと思うだけで、隣のダビデさんの存在には今の今までまったく気づけませんでした。
「はは、いつ気づかれるだろうと思っていたよ」
ダビデさんは笑ってみせましたが、内心とても傷ついていました。悲しみを見せな
いのがジェントルマンの務めです。
「どうしてダビデさんがここに?」
「おじさんだって、たまには若者女子の気分に浸りたいものよ……」
大人の考えていることはよくわかりません。が、これ以上は詮索すべきではないことは、ポニコもエマもわかりました。大人の悩みは底なし沼、と学校で教わりました。今は、ダビデさんは無視、です。
「でも、まさかわたしたちが政府に利用されていたなんて……」
エマはすっかりテロリストの話を信じていました。
「落ち着いて、エマ。適当なこと言ってる可能性だってあるし、信じるにはまだ早いよ」
「でも、筋は通ってるわ」
エマはため息をつきます。
「国に裏切られた気分よ……」
「しっかりしてよ! それに、お国が庶民を裏切らなかったことなんてないでしょう?」
エマはポニコをちらと見て、顔を伏せました。
「それでも、つらいわ……」
エマはすっかり意気消沈してしまいました。ダビデさんは水分不足で体の半分が干からびていました。他の人質たちもぐったりしています。こうなれば、ポニコが頼れるのは己しかいません。ときには勇気も必要、とおじいちゃんが言ってくれました。いえ、今のはドンドリアーヌ星人の言葉だったかもしれません。
とにかく、ポニコは十才の勇気を振り絞りました。
「ちょっと、テロリストさん」
テロリストのリーダーを呼びました。人質たちはギョッとして、ポニコを見やりました。その眼差しは、お願いだから余計なことを言わないでくれ、と願っているようでした。テロリストたちも十才の少女の思いがけない行動に面食らっている様子でした。
「一つ、提案してもいいかしらん?」
リーダーは笑顔のポニコをじっと見つめました。それから、彼はポニコに近づきます。
「……どうした?」
「テロリストさんたちは政府に用があるんでしょ? だったら、わたしが手伝ってあげてもいいけど?」
人質としての心得は、相手に逆らわないこと、相手を挑発しないこと、です。ポニコはこのどちらをも破ったわけですから、エマとダビデさんはのどから心臓が飛びでるような思いでした。なんなら、ダビデさんにかんしては半分でていました。
「おい、なにふざけたことを言ってっ」
そう言って、銃口を向けようとした下っぱの一人を、リーダーは手で制止させます。周りが緊張と静寂で満ちる中、彼はしゃがんで、ポニコに目線を合わせました。
「どういうことだ?」
「私のママ、ハッピー党の議員なの。だから、私が電話をすれば、政府と交渉もしやすいんじゃなくて?」
いたずらにポニコは笑いました。
嘘のようにも聞こえますが、ポニコの言っていることは本当です。彼女のママはこの街の政権を握るハッピー党の議員でした。ママがどんな仕事をしているのかは、十才のポニコにはよくわかりかねましたが、たくさんお金をもらっていることは知っていました。ママが女手一人でいっぱい稼いでくれるから、ポニコはビーズを集められるし、おじいちゃんはギャンブルに狂えるのです。そんなママをポニコは尊敬もしていましたから、将来はママと同じ国会議員になりたいと思っていました。
リーダーは少し考えてから聞きます。
「それは、本当の話か? 嘘ならばどうなるかわかってるな?」
「本当だよ。信じた方がいいと思うけどなあ?」
ポニコはニヤッと笑いました。それは、テロリストたちの神経を逆撫でするような、子ども特有の小憎たらしい笑顔でしたが、リーダーは冷静に彼女を見つめます。
「少し考える」
「気のすむまで」
それから、テロリストたちは数名の見張りを残して、店の中央で話し合いを始めました。ひとまずポニコの狙いどおりになったことで、彼女は安堵の溜め息をつきました。
「ちょっと、あんたなにやってんのよっ」
エマは小声でポニコを問い詰めます。
「そうだぞ、あんな態度でたてついたら、さっきの店長みたいになってしまうやもしれんのに」
ダビデさんも不安を隠せないでいました。カメレオンの店長は今も絶賛気絶中です。彼のベロは、今もびよーんと床に伸びています。しかし、エマやダビデさんとはちがって、やはりポニコには少し余裕がありました。
「大丈夫。みんなを助けるためだから」
ポニコは、この場を打開するとっておきの秘策を思いついていました。それを実行に移すためには、まず電話を奪取しなければなりません。現役の議員と密接に取り引きができるとなれば、テロリストたちはまちがいなくポニコの誘いに乗るでしょう。彼女は確信していました。
「助けるって、どうやって……」
エマが詳しく聞こうとしたとき、再びテロリストのリーダーはポニコの前にしゃがみました。
「ポニコ、縄をほどいてやる。電話をかけろ」
彼は言いました。
目論見通りにことが進んで、ポニコはわずかに口角を上げました。が、すぐに表情を元に戻しました。
――ポニコ?
今、ポニコはテロリストのリーダーに名前を呼ばれたのです。自分の名前など、名乗っていたかしら。ポニコはリーダーの顔を見つめました。彼のライフルは床に向けられていました。
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