第1話 白玉の陰謀 (3)
ポニコのおじいちゃんは今年で百四十七才になります。念のため言っておきますが、彼はニンゲンですからね。
腰は直角九十度に折れ曲がり、彼の五感はもはやほとんど機能していません。文字を読むことはなかなか困難で、耳もあまりよくありません。おじいちゃんにとって、薔薇とイヌの糞の香りは同じだし、肌触りも同じだし、味も同じです。それでも、おじいちゃんは毎日を楽しく生きています。
ギャンブルです。
これさえあれば、自分はあと五十年は生きられると信じて疑わないほど、おじいちゃんはギャンブルに熱狂していました。おじいちゃんは今日もリビングのソファーに腰を下ろし、テレビの前で、ワンカップ片手に、競馬中継を今か今かと待ち侘びていたのでした。彼は今月もらった年金の全額を、単勝に賭けていました。一世一代の大勝負にでていたのです。
さあ、中継が始まりました。おじいちゃんは腰をもう二十度ほど折り曲げて、テレビの画面を食い入るように見つめます。やがて、まるで人気のない馬、ベン・インパクトが映りました。おじいちゃんが賭けた馬です。
これまで、おじいちゃんは確実に「勝ち」を取りにいっていました。人気どころを押さえて、利益をだしていました。また、年金全額なんて、そんな大一番にでることもありませんでした。しかし、今回に限って、彼は大金を、よりにもよって不人気な馬に賭けています。何故か?
理由は簡単です。おじいちゃんは裏の筋から情報を得ていました。ベン・インパクトがドーピングをしている、と。このレースで、ベン・インパクトは一着になるという話を聞いていたのです。筋は確かです。それがどこかは聞いてはいけません。いずれにせよ、そうとなれば、勝負にでるのは必然でした。
間もなくレースが始まります。おじいちゃんは馬券を握りしめました。ゲートが開く、そのときです。
パッと画面が変わりました。映しだされたのは、レースではなくニュースキャスターの顔でした。
『番組の途中ですが、ここで、臨時ニュースをお伝えします』
カワウソのニュースキャスターは渋い声で原稿を読みあげます。
『現在、ハッピータウン中心地にある喫茶店タピーズにテロリスト集団が押し入りました。これは、最近、活動を活発化させているテロリスト『白玉を狩る会』の犯行とみられ』
おじいちゃんはしばらく呆気に取られていました。彼にとって、今日のレースは人生で最大の大勝負でした。全神経をテレビに注いでいたといっても過言じゃありません。そんな状態で、臨時ニュース。おじいちゃんは怒りでみるみる顔を赤くさせました。
『テロリスト集団は従業員や客を人質に取り、ハッピータウンにあるすべての白玉の引きわたしを要求しているとのことです。現在、警察が店の周囲を取り囲んでいますが、現場は膠着状態にあり』
ニュースキャスターの声など、おじいちゃんの耳には入っちゃいません。怒りが頂点にたっしたとき、おじいちゃんは右手をテレビに向けました。
『市民のみなさんはくれぐれも現場に近づかないよう……』
そして、右手からエネルギー弾を放ちました。テレビは一瞬で消し炭となりました。
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