The beginning and end of the world
気が付けばここは病院だ。俺たちはある部屋にいる。少し肌寒いが温かい陽射しが窓から入ってくる。
真っ白い壁に囲まれて老婆が一人息をしている。その目は虚ろでとろりとしている。ああ、可哀想に。もうすぐお迎えが来るんだろう。ツユクサが俺の手を掴み、老婆の胸に自分の手を当てた。
『私もしわくちゃなおばあちゃんになった。夫、子供や孫にも恵まれた。私の人生は幸せなものだった。でもずっと後悔してる。あの日、気持ちも本当のことも何も告げずに嘘をついたこと。夫にも言えないその後悔は年を経るごとに強くなっていった。未だ過去のこととは割り切れない。もし叶うなら彼に告げたい。好きであったと』
俺の心に情報が流れ込んでくる。処理しきれない冷たい感情の波に硝子細工はさらわれていく。
老婆の瞳に光る滴が見え、そのあとに光を失った。機械の音が鳴るとニンゲンが駆けつけてくる。ああ……この人は……そうか。天田うしお、なんだ。これが彼女の後悔なんだ。
場面が紅藤色の
『きみと一緒に歩みたかった。きみと笑い合いたかった。あの梅雨の晴れ間、きみはぼくのうでをすりぬけた。本当のことも気持ち何も告げず、はぐらかしたままで。思い出したのはきみの困ったように笑う顔を思い出す。きみに想いを受け入れて欲しかった。できないことはなんとなくわかっていたけど。きみと過ごした季節は本物なんだから、嘘をつかないでよかったのに……あーちゃん』
眼鏡の青年も徐々に光を失っていき、やがて胸の動きが完全に止まった。この、たった今旅立った青年が、園田啓……なんだ。
また場面が変わる。今度は暗闇のなかだ。きっと行間に戻ってきたんだ。ツユクサは静かに、しかし強い口調で言葉を発する。
「これが、彼らの後悔と願い。あの世界の結末は変わらない。うしおと啓はこんな死に方をする。でも、私は変えられる。せめて、彼らの無念を晴らしてやりたい。それが私を生んだ遺志への手向けだ」
「俺も、協力したい」
おかしい。目がなんだかしょぼしょぼする。俺も歳をとったものだ。きっとドライアイだな。
「それにはここから出れないといけない。でも君はあの時点のうしおに共感してしまった。それではここから出れない。アマクニのイシは今迷子なんだ。もう一度イシを取り戻さないといけない」
「俺の意志はここにあるぞ」
「そうじゃない。君の精神はここにあるけど、イシがないんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます