Contact with the will of the book

 思考が一瞬停止した。レンゴクの野郎、何て言った。ツユクサが思う形で物語を終わらせるぅ?けいとうしおのイシの浄化ぁ?レンゴクの願いを言い換えれば、【No.1224】の現在の道筋ではなく別の可能性の分岐点未来を探しだしてくれってくれってハナシだとは思うが、主人公けいヒロインうしおのイシの浄化ってのが意味が分からない。そもそも「イシの浄化」を願うなんて聞いたことないぞ。うんうん唸っていると、赤毛が唐突に俺の肩をたたいてきた。ロン毛の方に顔をあげると、レンゴクは真っ暗闇のはるかかなたを眺めている。


「おい、どうしたんだよ」


 レンゴクは無表情だ。いや、無表情じゃない。少しだけ眉根にしわが寄っている。こいつ、こんな顔出来たのか。せっかくの美人が台無しだぞ……ってそうじゃない。奴さんが見ている方向から少しだけ気配がする。レンゴクと並んで遠くをにらみつけていると、視線の先に段々と人の形をした紅藤色のもやが形成され始めた。まさか、俺を助けに来た誰かの精神こころか。ミカかヤヨか―いや二人とも魂の色が違う。だとしたら誰だ。こんな空間にも涼しい風が吹いて、季節外れの桜の花びらが舞い落ちる。アシ、テ、細かい部分が靄から現れる。手足のほっそりとした感じからすると女性のようだ。女性。もしや、ツユクサか。隣にいるはずのレンゴクに問いかけようとするが、あの野郎はいつの間にか消えていた。


 靄が徐々に晴れてきて黒い髪の女の子が出てきた。本の装丁によく似たつゆ草色で俺の仮定は確信に変わる。間違いない、【No.1224】のイシだ。ツユクサは口の端を吊り上げて笑った。なんとなく、わがままな印象を受ける。

「あは、君かい。田淵天国っていう旅人は」

「ええ。俺は田淵天国と申します。ツユクサ、ですね」

「そうだとも。旅人たちからはそう呼ばれているとも」

 ツユクサは斜めにあごをあげる。わがままで尊大な女の子か。悪くない……って今はそんなこと考えている暇はない。

「先ほど、赤い髪の男に会いましたが、彼は何者でしょう。彼からあなたの願いを叶えてほしいと頼まれているのですが」

「へえ。奴にも会ったんだ。奴はね、最初のうちは私の世界にはいなかったんだけど、そのうち住み着くようになったんだよね。だから何者かは知らない。奴は私の願いは何だと言ったんだい」

「けいとうしおのイシの浄化、と。俺にはさっぱりでしたが」

 暗闇のなかに大きな笑い声が響く。女の子にしては低くてしゃがれているけれど厭な感じがしない声だ。ひとしきり腹を抱えてツユクサは笑っていた。

「あいつ、そんなこと言ってるのか。ああ、おかしい」

「俺が読んだ結末は啓がうしおに振られるというものでしたが、それを変えるというものではないのですね」

「そうじゃない。ひひひ。どうあがいてもあの結末は変わらない。アマクニは……そうだね『我々』の成り立ちを知らないもんね。ならば仕方ない。教授しよう。『我々』はニンゲンたちのイシによってできているんだよ」

 『我々』とはもしや、精神接続可能情報記録媒体「本」のことを言っているのであろうか。だとしたら、今まで潜ってきたのは人間の精神であった、ということになるのか。

「正確に言えば、旅人たちの世界とは異なる世界のニンゲン、かな。あんたがた旅人の使う『奇術』とやらの技術は私は知らないし、旅人たちはあの世界のニンゲンが使う『魔法』は使えないみたいだしね」

「だとすると、ツユクサは何故そんなことを知っているのですか」

 ツユクサは一瞬だけ目を丸くした。そのあとに喉を鳴らすように笑う。

「『我々』の成り立ちによる知識、かな。話がそれたね。ニンゲンは何かしらの時点でイシを放出する。イシは空に還るのだけど、関係のあったニンゲン同士のイシがぶつかると『我々』が生まれる。それはどんどん溜まっていく。そうすると世界のバランスが崩れるんだ。だから『我々』を別の世界に流すことであの世界は均衡を保っているんだよ。さっさと燃やせばエネルギーになるのにね」

「では、あなたも」

 自信満々に頷く彼女を見ると嘘をついていないことが分かる。

「そう。私もそうやって生まれた。私を構成するのは強い後悔と祈りの念だよ」

「じゃあ、なぜ【No.1224】はうしおが振るところで終わるのです」

「そこが後悔と祈りが生じた場所だから。ものはついでだ。いいものを見せてやろう」


 だんだんと風景が変わっていく。俺と、ツユクサはかすみのような形になっていく。


「あいつらの最期を見せてやろう」

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