干渉

 集中は突然に切れる。「暑い」やら「風がこない」などが気になり始めたらそれは張り詰めた神経の糸が断ち切れるサインだ。時計を掴んでわざわざ近くに寄せて見る。午後1時28分。昼休みもろくにとれなかったが、致し方ない。

 首を何度か回すと骨が擦れる音がする。身体にたまった息を吐き出すと、肩の力が少し抜けた。なんだか濃いめの熱い茶が飲みたい気分だ。こんなとき、三日月がいればオレが発する空気を察してすぐに茶を持ってきてくれるが、彼の席は空っぽだ。天国がいても特に空気を読むわけでない。奴は笑いながら仕事の邪魔をしてくるが、そんな奴は今はいない。書籍係のシマはいつもの賑やかな空気はなく静寂に包まれている。


 ブックスタンドに置いてある【No.1224】原本を見る。三日月と天国の象徴紋が【No.1224】の余白に浮かんでいる。象徴紋がある、ということは二人ともまだ「本」に存在を喰われていないということだ。不安要素は二人ともあるが、まだ大丈夫だと判断できる。いざとなれば、オレも潜っていけばいい―思考をまとめながらそれを眺めているとあることに気が付いた。文字が薄くなっている。おまけに先ほどと比べて余白が多い気がする。もしかして、書き換わっている・・・・・・・・のか。

 精神接続可能情報記録媒体「ほん」は我々読者に対して嘘をついて情報を隠すことがある。精神接続ダイブしている間に登場人物と接触すれば、新たな可能性の道筋ルートを発見して本来の道筋とは違う別の結末エンディングを迎える場合もある。それは往々にしてよくあることだが、「本」のイシ次第で「本の内容」物語が書き換わる可能性が存在する。もしや、【No.1224】のイシは現在の結末に対して納得をしていないのではないか。現在の結末は「天田うしおが、園田啓を振る」である。これをどうにかしたい、と「本」のイシツユクサは考えているように思える。


 ペンをあごにあてて少し考えていると、視界にノイズのようなものが走った。疲れている、のか。そろそろ少し休憩しよう。そう考えた矢先の出来事であった。再び視界にノイズが走り、何者かに腕を掴まれるような感覚がした。気持ち悪くなって、腕を振る。そうすると、脳内に女のハスキーな笑い声が響く。この現象に覚えがあった。それは「本」のイシによる読者への干渉である。イシの力が強い「本」は読者に語りかけてくるというが、まさしくそれである。オレは開いてある【No.1224】に手を当てると再び女の笑い声が脳裏に響いた。だんだん、女の姿が頭のなかで構築されていく。長い黒髪にイシの強そうな青紫色の瞳。ツユクサだ。雑音のなかでラヂオの音量を上げるように少しづつ声が大きくなり、少ししゃがれた若い女の声が聞こえてきた。

『私を覗いていたのは君か。今までで一番弱そウな旅人だね。だが、あの雨ヲ降らせル術は見事だっタ』

 ところどころ雑音に紛れて音声がおかしくなっているが、これはオレがツユクサに共感していないからだろう。ツユクサは言葉を紡ぐ。

『今回ハ警告にきたんだ。私ノ邪魔をするナ。コースケに余計なことをフキコむナ』

 余計なことをするなと言われても、天国を助けるためにこちらは動いている。しかし、「邪魔」とは何だ。【No.1224】物語の書き換えか。

「あなたは、何がしたいのですか。結末を変えたいのですか」

『そうじゃなイ。君に語っテも仕方のナイことだ』

 女の姿のイメージがだんだんと薄くなっていく。言いたいことだけ伝えて消えるつもりなのか。オレはありったけの想像力でツユクサの腕をつかむイメージをする。すると、ツユクサがうんざりとした顔をした。

『なんだよ』

「申し訳ないが、一つ。田淵天国という男があなたのなかにいる。彼は無事か」

 分かっている。象徴紋が浮かんでいることで存在していることは確認できている。しかし、聞かずにはいられなかった。

『あア……最初に迷イ込んだ旅人か。まダ、彼には会っていない。だガ、イシが私ニ一瞬流れ込んでキた。その男にモ興味があル。さア、テを離せ。私は彼に会いに行ク』


 そういうと、ツユクサはオレの腕を強引に振りほどき、消えていった。

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