後方支援

 横目で三日月が精神接続ダイブするところをほんの少しだけ見守る。視線は複写物に落としたままだ。オレは人に見られていると精神接続がうまくいかないときがある。三日月や天国はそんなことはないと思うが、見られていて気持ちの良いものではないと思う。だが、きちんと【No.1224】「ほん」が彼を受け入れるか見守りたかった。別に心配などではなく、義務を果たせるかどうかが気になったのである。じっと、【No.1224】の表紙を見る彼の身体が淡い蛍のような色の光に包まれていく。三日月の魂が細分化されていっている。どうやらうまくいきそうだ。彼は深く息を吸ったのち、息を止めて本のページを開いた三日月はさながら現実の海に潜るようであった。三日月がページを開いた途端、彼の身体が光に包まれてほどけて消えていった。ああ、成功のようだ。よかった。ふわふわと蛍のような残光がオレの手元に落ちて、ゆっくりと消えていった。

 オレは三日月の遺していった石の欠片を決裁板の上に置かれたハンカチから取り出してみる。他人の石を見る機会はめったにない。天国は入庁当日に「みせあいっこしようぜ」とか言いながら、ロケットペンダントのなかを見せてきたが。天国の石は晴れた空のような色であった。一方、三日月のは淡い黄緑色を放っている透き通った石である。オレの石は紅色のくすんだ色をしており、光沢がない。一般的に潜本士ダイバーに配られる石は個々の魂を宿しているとかイシの色を映しているといわれているが、全くもってその通りであると思う。彼らはとても気持ちの良い人間であって、オレとは根本的に違うからだ。


 少しだけ落ち込むが、落ち込んでいる余裕はない。持ってきていた水筒に口をつけて気合を入れなおす。天国が消えた場所ポイントを探さなければ。きっとあいつのことだから気になった章かオチから読んでいったに決まっている。あの読み方はいつも危険であるとオレは言っていたが、天国は直さなかった。今回のことで懲りて、反省しながら地上に帰ってきてくれれば良い。

 少しだけ天国のことを考える。天才と言えど、あいつは傍観士ではない。傍観士は精神接続しないで「本」を読む。それには「本」への強い耐性や共感しない精神力がいる。きっと、【No.1224】の何かに共感してしまったのだろう。登場人物か、出来事か、はたまた結末か。序章を先ほどから読んでいるが、どういうイシで【No.1224】こいつが生まれたのか、天国が共感したところが未だわからない。


 窓の外を少し見れば雨が降り始めていた。さっきまで、気持ちが良さそうに雲が泳いでいたのだが。天気予報とはあてにならないものだと思っていると、軽快にオレの名前を呼ぶ音が聞こえた。転送装置からだ。立ち上がって、転送装置へ向かうと、そこから紙の束が吐き出されていた。きっと、他館の調査報告書だ。1枚、2枚、3枚……まだ増える。調査報告書の提供を他館に呼び掛けてからそんなに時間がかかっていないのに、異常に協力的である。転送装置に手を突っ込み、上の方にある紙を何枚かをとる。さっと紙に目を通す。『15年前に行方不明になった光岡市図書館潜本士の救出失敗の記録』……『豊田市立図書館【No.1224】調査記録』……『本のイシ(仮称:ツユクサ)の確認』などなど。どれもこれも紙1枚ペラだが、どんどん増えていく。今のところ新しいもので今年の3月の報告。古いもので20年前の記録だ。とりあえず、全部自席に運んで目を通そう。

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