イシー第三章―
桜の花舞い散る丘で
高台には背の高い時計と滑り台、たくさんの桜の木がある。ここからは、街が見えるはずだけども薄い紫色の
少し錆びている時計を見ると、午前6時で針が止まっている。秒針も固まっていて動いていない。おかしい。ここが1頁目であれば、
高台からひとまず降りようと思い、近くにある階段を降りようとする。だけど、階段と高台の間には薄い膜のようなものがはられていてぼくを通してくれないのだ。困ったなあ。どうしようか。ちょっとだけ考えて、胸ポケットからペンを取り出した。ペンにぼくは「ここから出たい」という願いを込める。すると、ペンはふんわりとした黄緑色の光を放ちはじめる。膜にペンを刺して、この閉じられた空間から出ようと考えていると、いつの間にかぼくの真後ろから少しだけかすれた吐息が聞こえる。「こわい」という感情が先行して後ろを振り向けない。ひんやりとした手がぼくの左手を握る。なめらかで丸みを帯びているその手はまるで女性のような手だ。それは「オカアサン」の手に似ている気がした。かすれた吐息は耳元に近づく。ぼくが身体をどんどんと固くしていっていると、耳元で可愛らしいが少ししゃがれた声が聞こえた。
「安心して。ここは私の心象空間だよ。きっと先に来た青年を探しに来たんだろうね。でも彼はここにはいない。彼は私の願いの先にいる。あなたが私の願いを叶えてくれれば、青年を行間の闇から出してあげる」
ぼくののどは声を発しない。安心しろと言われても安心なんてできるはずはない。でも、声からは「悪意」とか「殺意」といった感情は出ていない。ぼくは浅く息をすると、のどを動かす。
「きみは、誰? もしかして
「おや、ご名答。君のように時折訪ねてくる旅人は私のことをツユクサと呼んでいたね。君は何て名前だい」
「三日月宏介……と申します。えと、ツユクサさん」
「コースケね。ずいぶんいじらしいね。そんなんじゃ使い物になるかどうか」
「使い物……。ぼくは新人だから経験も浅いし、使い物にならないと思いますけど
彼女は心地よさそうな笑い声をあげた。その笑い声にはぼくを侮辱するような色はなく、単純に「楽しい」という感情が出ている。
「そんなこという旅人は今までいなかったよ」
「ぼくたちの決まり事ですけどね」
「きっとここまで素直な子はいなかったんだろう。あーおかしい。まあ、いいや。ここから出たいなら誓いな。私の願いを叶えることを」
ぼくは意を決して首をたてに振った。
「誓います。
ツユクサはぼくの目を隠しうっとりと耳元で囁いた。その声はまるで夢にいざなわれているような語り口であった。
「私の願いはね、
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