白と黒の海へ
サラのメモ帳、よし。ペンのインクは―まだある。作業着には、着替えた。
新人のぼくでも分かるが、メモ帳とペンがないと奇術が使えない。「ほん」のなかでは奇術が使えないと万が一のときに大変なことになる。天国先輩は「実力があるから大丈夫だーっ」とか言ってメモ帳は無くならないと補充しなかった。それでもやっていけるあのひとは本当にすごいと思う。ぼくが準備していると、すでに弥生町さんは【No.1224】のコピーを読み始めていた。ぼくはいつも首にかけている
「連絡用にぼくのイシを持っていてください」
「ああ。分かった。オレも情報が手に入ったらすぐに連絡する」
弥生町さんの声色は普段通りだ。でも、どことなく空気が揺らいでいる。きっと天国先輩のことが心配なんだろう。ぼくはちょっとだけ苦笑いを浮かべた天国先輩と冷たく怒っているように見えて柔らかい雰囲気を出している弥生町さんを想いうかべる。頬が緩んでいたのか、弥生町さんの冷たい一言が飛んできた。
「さっさといけ。あれに呑まれたらいつ喰われるかわからない。そんな緩んだ空気じゃ三日月もすぐに喰われるぞ」
なんだかんだ、弥生町さんはぼくも心配しているようだ。ぼくは緩んでいた頬を引き締めて返事をした。
一息ついてから
あの時間に特別書庫に行って精神接続をするとは思えない。きっと共感して、「ほん」に入っちゃったんだろう。天国先輩はどこで行間に引きずり込まれたのだろう。どこに共感したのだろう。そんな疑問を持つけど、天国先輩の象徴紋を見るとぼくの心臓の鼓動はだんだんと早まっていく。落ち着け。落ち着いて頁をめくるんだ。【No.1224】に描かれた世界の入り口はすぐそこだ。ぼくの身体がゆっくりと深緑と黄色の光に包まれていく。まず、足だ。足の感覚がなくなって、ぼくの身体はだんだんと何かに包まれるように重みを帯びていく。精神接続が少しずつすんでいく。視界がだんだんと眩しくなる。もう、ぼくには職場の風景など見えない。
ぼくの瞳が最初の文字を拾ったとき、すでにそこは地上ではなかった。ぼくは風もないのに桜の花びらがひらひらと舞う不思議な高台にいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます