文字の海のなかで―第二章―

Dive into 【No.1224】 from reality

―うしおは啓にはにかむように笑う。その笑顔には何の感情も映し出されていなかった。

 少し開いたページに書かれた一文に俺の心はひどく揺さぶられた。

―「わたし、親が浮気してさ、恋愛感情を抱けないんだよね」

 硝子に些末ささいな傷がついて、それがだんだんと広がっていく。これ以上、読み進めてはいけない。俺の頭のなかで警鐘が鳴っている。しかし、眼球は脳の言うことを聞かない。

―「だからさ。けーくんにそういう感情を持てないの。きっとけーくん以外の人にも」

 ああ、この子は、きっと、間違いなく―


          「ごめんね」


 足元から澄んだ光があふれだし、俺の身体が足からゆっくりとほどけていく。だんだんと【No.1224】を持つ手が透けていき、視界が歪んでいく。参ったなあ。精神接続ダイブしないつもりだったのに。身体はいうことを聞かず、ただ文字の海へと沈みゆくのみだ。

 視界のはじで浅い光が射していたが、少しすればすぐに暗くなってゆく。俺の身体が動くようになるころ、辺りは真っ暗であった。すぐに戻ろうと、上を見上げるが底は深いようで光はすでに見えない。仕方ないが、奇術を使おう。俺は持っていたメモ帳にペンをすべらせると、それは懐中電灯になる。さあ探検しようと思ったが、ふと思いついた。俺が迷い込んだことできっと誰かが【No.1224】のなかに潜るはずだ。つまり、誰かが迷子になる可能性もあるってこった。誰かこの空間に来たときのために俺の『イシ』を遺すか。俺は残り少ないメモ帳の1枚に自分の紋様ともしびを描き、地面にそっと置く。すると、それは浅葱色の光となって消えていった。まあ、これで大丈夫っしょ。

 さて、探検の時間だ。もう定時は過ぎているが、諦めて脱出の可能性の道筋ルートを探そう。


 俺の体感時間だと15分は経った。でも地上とは時の流れが違うからきっとそんなには経っていない。さて困った。いけどもいけども真っ暗闇。腹は減ったし、退屈だし、おまけにこの懐中電灯もう電球切れそうだし。あーあ、きっと心の力が摩耗してたか奇術用のメモ帳の魔法粒子が少なくなってたかどっちかだな。素直にヤヨの言うこと聞いとけばよかった。「用紙が劣化しているから交換しろ」とか「オチから読むな」とか。今回は俺としたことが失敗した。完全に失敗だ。オチから読んだことでオチに「共鳴」して道筋が全く分からない。ちょっとだけ読みが失敗したいい例だ。今度があれば・・・・・・、今度から気を付けよう。しかしまあ、たまったもんじゃねえ。どこに行けばいいのか皆目見当もつかない。ちょっと座って考えるか。ブリッジでもしてみて身体を伸ばすか。そんなことを考えていたら、軍靴のような音が聞こえた。もしかして、迷い込んでいる人がいるのか。それは助けないとな。俺は自分を奮い立たせて、走り出した。

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