第4話 謝罪と賠償

「ちょっと、おばちゃん!スープに虫が入ってたわ!脚がいっぱいあって、黒くて羽のある虫よ!まさか隠し味とか言わないわよね!?これで一泊100ゴールドもとるの?」


二階から降りてきた女の子は、ズカズカと受付まで歩いて来ると、右手に持った木製の器を女主人に突きつける。

水のように薄いスープには、くず野菜と小さなベーコンらしきものに混ざって、黒い羽の虫が浮いている。


「ほら!これよこれ!あやうく飲みそうになったじゃない!どうしてくれるのよ!」


身長は150cmくらいだろう。腰まである青く長い髪。切れ長の目は、髪と同じ青い色だ。白いローブ姿を見ると、聖職者のようにも見える。

一見するとか弱そうな見た目だが、その言葉使いからは押しの強さが感じられる。


その小さな体から、どうやったらこんなに大きな声が出るのだろう?そう思えるくらい大きな声でまくし立てる。女主人を睨むその目付きも鋭く迫力がある。


「・・・あ~、ちょいと待ってくれるかい?今ね、取り込み中なんだよ。あとで新しいのを部屋に届けさせるから」


突然の乱入に、女主人は呆気にとられていたが、気を取り戻すと、その女の子をなだめるように言葉を返した。

だが、それは女の子の望む回答ではなかったようだ。むしろ、クレームに対して0点の回答だったようだ。


「はぁ~!?取り替えるのは当たり前!それよりまずは謝罪するべきなんじゃないの!?ちょっと待ってくれるかいって、何様!?謝りなさいよ!あやうく虫を飲みそうになったんだから!まずは謝罪よ謝罪!」


「こ、この小娘!よくもそんな事が言えたね!あたしを誰だと思ってんだい!泣く子も黙るドロ沼のナターシャとはあたしの事・・・」


女主人が青い髪の女の子を睨み付ける。ドスの聞いた低い声で脅し文句を口にしようとしたその時、突然女主人の左頬を何かがかすめ、後ろにあった棚が燃え出した。


「・・・・・・・・・・え?」


女主人はなにが起きたのか理解できず、目を瞬かせる。


「知らないわよ。これ以上ガタガタ言うなら燃やすわよ?」


青い髪の女の子は、物差しくらいの大きさの黒いステッキを握り、女主人の顔面に突きつけていた。

そのスティックの先からは、白い煙が立ち昇っている。

そして女主人の後ろの棚が燃えているところを見ると、どうやら彼女はあのスティックを使って、火の魔法を撃ったようだ。


「あ、あんたねぇ!あ、あたしにこんな事してただですむと思ってんのかい!あたしは泣く子も黙るドロ沼のナター・・・・・ぶべっ!」


自分の頬を、鋭い炎で焼き切られた事に気が付いた女主人が、怒声を上げて掴みかかろうとする。

だが青い髪の女の子は眉一つ動かさずにスティックを振るい、女主人の横っ面を殴りつけた!


「知らないって言ってるでしょ?」


右の頬をスティックで殴りつける。


「ぶべっ!」


「あんたなんか知らない。分かった?」


振り抜いた右手を返して、今度は左の頬をスティックで殴り飛ばす。


「ばぼっ!」


「さっさと謝罪しないよ謝罪。もちろん賠償もね」


再び右の頬をスティックで殴り飛ばす。


「ぼぶおっ!」


右!左!右!左!青い髪の女の子の、往復ビンタならぬ、往復殴打が続く。



「お、おいおい、なにやってんだよ!死んじまうぞ?いい加減にしろよぶぼぁっ!」


俺の脇に立っていた屈強な男の一人が止めに入るが、青い髪の女の子は一切の躊躇なく、スティックを振り抜いて、男の顎を撃ち抜いた。


筋骨隆々の男が、武器を使ったとはいえ、150cm程度の小柄な女の子の一発で膝から崩れ落ちる。そして力なく顔面から倒れ込んだ。

ビクリと体を痙攣させ、その顔の下からは赤くドロリとした液体が広がっている。

今の一発で顎が割れてしまったのかもしれない。


もう一人、俺の脇にはムキムキの男が残っているが、今の一発を見て奥歯をガタガタ震わせている。完全に戦意喪失だ。こいつはもう用心棒としてやっていけないだろう。


「いい加減にするのはあんた達でしょ?虫のスープを出しておいて態度がでかいのよ。さて、続き・・・」


青い髪の女の子は、足元で倒れている用心棒の男を一瞥すると、女主人に向き直った。


「ご・・・ごれで・・・が、がんべん・・・じでぐだ、ざい・・・・・」


そして目にしたものは、床に頭をこすりつけ、涙声で許しをこう女主人の姿だった。

見るからにドッサリと中身の詰まった大きな革袋を、震える両手で差し出している。


頭を下げているのでハッキリとは見えないが、少しだけ見えるその横顔は、パンパンに腫れあがっていた。


「えー!いいんですかぁ~?新しいスープをいただけるだけでよかったのにぃー!なんだか悪いですぅー!でもぉ~、せっかくだからありがたく頂戴しますわね!」



血に濡れたスティックを握り、大輪の花のような笑顔で革袋を受け取る青い髪の女の子を見て、俺は心の底から恐怖を感じた。


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