第五節 九十一年のつみきみほ

●四節の1 九一年のつみきみほ


 九一年は、つみきみほの出演作が四本揃ったが、主演は太田達也監督の『TVO』一本のみである。

『TVO』は、ストーリーだけを追っていくと、単純な映画だ。姉・雪村聖美(早瀬優香子*)を殺された五月(つみきみほ)が、犯人・木原孝(奥野敦士)の元へ行き、しかし彼を愛してしまい、一緒に逃避行に出る。分かりやすい話のはずだ。

 しかし、非常に癖のある映像が、話を分かりにくくしている。そもそも五月が、なぜ姉を殺した張本人の家に転がり込むかが私には分からない。また五月は一種の超能力者で、孝に接触することで彼の過去の記憶を見ることができ、その映像が現在と交錯する。孝はアバンギャルドなクラブの歌手なのだが(実際に、奥野敦士はバンド・ROGUEに所属していた歌手だ)、しょっちゅう吐いたり泣いたり震えたりしていて、何かの中毒のようだ。「天使の羽根」というモチーフがちりばめられ、常に点いているテレビのノイズが異様だ。それらのつながりが、私にはよく分からないのである。

 というわけで、ちょっと見るのがしんどかった映画なのだが、あと四、五回見れば、分かるかもしれない。見なければいけない、と思う。何回か繰り返したことだが、淀川長治が、こう言っている。

「芸術というものは、そうすぐに、簡単に分かるもんじゃありませんね。ときには、格闘がいります。その格闘が、あなたをみがきます」。

 たぶん、この映画は芸術なのであろう。

 そういう点を除いて、とりあえず言っておくと、つみきみほは最初、赤毛のかつらをつけて、何とも言えない抽象画を描いている絵描きだが、逃避行の最中にかつらを脱いだ瞬間が、非常に美しい。ファンでよかったなあ、と思う瞬間である。

 なお、この映画について調べていたところ、奥野敦士氏はその後、事故で半身不随になったが、厳しいリハビリの後、ついに歌手として復活したとのことである。真におめでたい。


 同じく九一年の『ふざけろ!』は、映画が始まる前に、こんなタイトルが出る。

「本作品をごらんになりまして、全然笑わなかった方、どうぞ劇場受付に「笑わなかった」と言って下さい。すぐに最寄りの病院をご紹介申し上げます。」

 こういうことが言える神経の持ち主に、一度、なってみたいものだ。

 で、この映画、すでにお察しの通り、「ふざけるな!」のひとことで終えたい出来だ。

 主演は当時の人気コントグループ、B21スペシャル*である。ミスターちんが銀行強盗に入るが、うまく行かずに立てこもることになる。その内、人質たちと意気投合してしまって、駆けつけた警察に寿司を要求して、みんなで仲良く食べたりする。まあ、そういう話です。

 つみきみほは、女子行員として出演している。実に楽しそうなのが、唯一の救いだ。


『新・同棲時代』(九一)は、『空に星のある限り』(富田靖子・沢向要士・間寛平)、『いつか見たあなた』(相楽晴子・大鶴義丹・つみきみほ)、『もう一度ウエディングベル』(松下由樹・別所哲也・和田加奈子)の三話オムニバスの作品である。当然ながら、ワタクシ的には第二話がいちばん面白い。

 この映画は九九年にテレビでノーカット放映されたが、その時に、解説として第一話の沢向要士が出演し、共演していないつみきみほについて、わざわざこう語っている。

「高原(秀和)監督がおっしゃってましたけども、彼女(つみきみほ)のお芝居っていうのは、カメラが回っていない、いちばん最初のテストの段階から、もうすでに芝居は確立されていた、とおっしゃってました。というのはやっぱり、その前の段階で、彼女はもうすでに芝居を計算し尽くしていたわけですね。そういう芝居こそがきっと、無軌道さというか、レールが見えない、すごく自由なもので表現できる、そういう芝居なんだと思います。ある種、天才なんだと僕は思います」

 この上ないほめ言葉で、私はますます沢向要士のファンになってしまったのだが(前から好きなんです)、実際、この映画でのつみきみほは、無軌道ぶりを自然に表現している。

 堅い性格の森野美夜子(相楽晴子)と浅田祐介(大鶴義丹)が暮らしているところへ、美夜子の妹・まひる(つみきみほ)が、仕事を辞めて転がり込んでくる。彼女は職を転々としているらしい。美夜子が駅へ迎えに行くと、まひるは、いきなり駅前の広場で寝っ転がって空を見ている。『精霊のささやき』を思い出させるが、うって変わって野放図な印象だ。その後、勇介に会ったまひるは、いきなり「お姉ちゃん、こういう男と毎晩セックスしてんだ」と言う。傍若無人そのものである。「セ……」という単語には抵抗があるが、当時の私は、我慢した。いまも、避けようがないので我慢している。

 ビー玉のお京とあすかが出会ったわけだから、当然、戦いになる。転がり込んだまひるは祐介と意気投合してしまい、美夜子はやきもきするが、その内、とんでもないことが明らかになり、三人の関係はただならぬことになる。取り返しのつかない三角関係が明らかになり、美夜子と祐介の仲は壊れかける。

 この映画でも、つみきみほはよく走る。そして、もうお分かりのように、安穏とした環境をかき回す、「異物」として機能するのである。

 原作が柴門ふみ*ということもあってか、話自体は軽く、ハッピーに終わるのだが、つみきみほがよく堪能できる映画だった。

 なお、『新・同棲時代』の脚本が載っている『月刊シナリオ』九一年一一月号には、北野武の脚本『あの夏、いちばん静かな海。』も収められている。時代は変わろうとしていた*。


『MISTY』というタイトルの日本映画は他にもあるが、九一年の『MISTY』は、『人魚伝説』や角川映画『湯殿山麓呪い村』で知られる池田敏春監督の、本格的なハードボイルドである。つみきみほには、ハードボイルドがよく似合う。

 横浜でやくざをやっている藤川幹雄(永島敏行)は、姉・瑞枝(市毛良枝)が投身自殺したというので、故郷の街へ帰ってくる。離婚してひとりで暮らしている姉が妊娠していたことや、きれい好きなのに食器やゴミを片づけていなかったことから疑惑が生まれ、幹雄は姉の死の真相を探ろうとするが、謎の大男・王(杉崎浩一)に命を狙われ、そこへ地元のやくざも絡んで、事態は厄介にもつれていく。この王たるや、ナイフやピストルはもちろん、ショットガンから火炎放射器、ロケット弾に到るまで、次々に派手な武器を繰り出してくる怪物だ。

 そこに絡んでくるのが、大森綾子(つみきみほ)だ。彼女は瑞枝が来ていたというスナックで働いている、元暴走族の少女なのだが、自分とは無関係な事件に首をつっこみ、幹雄を助けて真相究明に協力する。ついでに、というか、その……幹雄とできてしまう。

 この、できてしまう所は、直接描写はないけれど、初のベッドシーンであり、ファンとしては大いに動揺したのだが、ハードボイルドだからしかたがない。それよりも、元暴走族とはいえ、かなり年上のはずの幹雄にタメ口をきき、「あんたを慰めてやりたい」などと言う、その積極性に惹かれる。考えてみればつみきみほは、相手が柴田恭兵だろうが吉川晃司だろうが、ずっとタメ口をきいていたのだ。

 そしてこの映画でも、つみきみほは突っ走る。思わず爽快に感じる突っ走り方だ。

 幹雄の幼なじみで、県会議員の秘書になっているのが征(山田辰夫)。微妙にやくざとのかかわりを見せながら、固い政治家を演じているのが、山田辰夫のファンにはうれしい。


 こうして並べてみると、映画におけるつみきみほの、役柄の一貫性がよく見えてくる。

 落ちついた状況の中に「異物」として飛び込み、かき回す少女。どんな相手にも、へつらいもせず、臆せずに立ち向かい、走り続ける少女。その勇ましさ、りりしさは、たとえ恋愛映画であっても発揮される。最強の少女ヒーロー女優と呼びたくなるのは、そのせいだ。

 ……小学生の頃、私はアパートの塀によじ登って、その向こうへと走っていた。子どもというのは、どうしてああも、塀を乗り越えたがるのだろう。

 私は鈍くさい子どもで、足も遅かったし、ついでに奥手でもあった。中学生になるまで、異性には一切、興味がなかった。

 それでも塀の上によじ登り、飛び降りるとき、もしケッコンするのだったら、一緒に塀を乗り越え、一緒に走ってくれるような女の子がいいな、と思うことが、しばしばあった。

 その後、色気づいてからは、そんなこともすっかり忘れていたし、そんな女の子に出会うこともなかった。それどころか、塀にも登れずにいた(この歳で登ったら犯罪だが)。

 だが、つみきみほとは、そういう女の子なのだ。私は、そう思う。

 つまり、子どもの頃の夢に、私は二十代にしてようやく出会ったのだ。好きにならずにいられようか。



*早瀬優香子――子役出身の、アンニュイで知的な雰囲気で有名な歌手・俳優。

*B21スペシャル――松本伊代の夫・ヒロミ、俳優として活躍するデビッド伊東、ミスターちんの三人によるコント集団。

*時代は変わろうとしていた――私個人は、北野武監督の映画は大好きだ。

*柴門ふみ――トレンディドラマの先駆けとなった『東京ラブストーリー』の原作者。漫画家。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る