第四節の2 『櫻の園』

●『櫻の園』(九〇)ニュー・センチュリー・プロデューサーズ


 さて、問題なのが、『櫻の園』である。

 この映画は『キネ旬』でも一位の作品であり、つみきみほの代表作ともされており、毎日映画コンクールで助演女優賞も取っているのだから、軽く取り上げるわけにもいかないのだが、実は私、この映画、あまり好きではないのだ。

 一つには、個人的な問題で申し訳ないのだが、私は撮影・藤沢順一のルック*が好みに合わないのだ。藤沢さん、ごめんなさい。

 また、この映画の舞台が女子高というのも、どうでもいいのである。少女好きなら少女がたくさん出たら喜ぶと思われそうだが、「リアル」な女子高というのは、女子高生の方なら分かる通り違うのだ。私の言う「少女」「リアル」は、あくまで幻想だから。例えば繁華街で女子高生がわやわやいるのを見ても、少なくとも私は楽しくはない。それと同じことです。

 しかし、佳作であることはまちがいがないので、ここは一つ、分析してみよう。

 この映画がテレビで放映されたとき、水野晴郎とNTVの女性アナウンサーが解説をしていて、そこで言われていたのは、取材力と「リアルさ」、だった。現実の女子高生を、よくもこう正確にとらえたものだ、というような感じだ。

 しかし、私はそれについては、あるいは関係者がお気を悪くするかもしれないが、どっちでもいいのである。

 なぜなら、この映画の公開から年が経って、すでに、ここに描かれている女子高生はリアリティ(いかにもそうだろう)、というよりアクチュアリティ(現実にそうである)を失っているからだ。私も女子高に入学しようと思ったことがないため、その内実は知らないが、もっと猥雑に、もっとおやぢになっているのが、女子高生ではないだろうか。

 よって、そのアクチュアルな部分は排して、改めてこの映画を見直してみた。すると浮かび上がってきたのは、構成の演劇的な緊密さだった。

 女子高で、毎年、創立記念式典に演劇部がチェーホフの『櫻の園』を上演する。このことと、『櫻の園』がどういう芝居か、がものの五分で語られる。その部室へ、演劇部員たちが朝集まってきて、がやがやと会話をしながら、準備を始める。そこから上演までのごく短い時間の中で、ドラマが起きるのだが、舞台はほとんどが部室で、外にはあまり出ない。まずそのことが、演劇的、と言えるだろう。ほとんど、一幕一場の芝居のようだ。

 その部室の中で、部員たちがいくつかのグループに分かれて、思い思いの会話をしている。カメラはその間をあちこちへ移動しながら、それぞれの会話を拾っていく。その拾い方が、気ままなように見えながら緊密につながり合い、一つの話を構成している。これは舞台劇で用いられる手法に似ている。各々の会話は日常的なようでいて、無駄がない。

 その緊密さを崩さず、なおかつ「リアル」を感じさせるのは、佳作と言っていいだろう。

 さて、つみきみほ扮する杉山紀子は、まず、その会話の中に現われる。彼女が昨日、制服のままタバコを吸ってつかまったことから、劇の上演は中止になるかもしれない、という知らせがもたらされる。騒然とする部員たち。事件の発生である。

 それがひとしきり話された後、当の紀子が現われる。「すみません」、と頭を軽く下げるが、どこもすまないと思っていない態度である。

 その紀子に、部長の志水由布子(中島ひろ子)は「謝らなくてもよかったのに」、と言う。彼女は、優等生の自分を壊したい、という欲望を持っている。そしてもう一つ、隠れた思いを持っているのだが、それはあっさりと、紀子に看破されてしまう。

 つまり、またしてもある空間の中に、「異人」としての紀子が入り込むことで、空間はゆらぎ、由布子は「壊れる」。まさにつみきみほならでの役どころだ。

 この映画は新人を多く起用し、入念なリハーサルとディスカッションによって、「リアル」さを追求したらしい。しかし、多くの女子高生役の新人たちは、日常を意識しながら、その会話の調子は、むしろ演劇的にデフォルメされている。まあ当然のことで、だらだらしゃべっていてもしょうがない。……というのは本稿を最初に書いた頃の話で、今では、ろくな演出もせずだらだらしゃべらせているだけ、の映画をもてはやす風潮が見受けられるのが、私にとっては疎ましいのだが、とりあえず深追いはしないでおく。

 さて、新人揃いの映画の中で、ひとり、役者の経験を積んでいる杉山=つみきみほは、いかにナチュラルに見えるか、をよく計算している。言ってしまえば、演劇的空間の中で彼女が飛び抜けて、「ふつう」に見える。声も、いつもの張りを抑えた自然なものだ。

 そして最後に、杉山もまた、隠していたある思いを見せる。このシーンでのつみきみほは、確かに絶品である。


 ということで、『櫻の園』は、よくできた作品だし、つみきみほの映画の流れの中にも、ぴったり収まる。

 それでも私は、これは、中原俊監督にとっても、つみきみほにとっても、特別な一本だ、とは思わない。中原監督なら『ボクの女に手を出すな』、つみきみほなら『花のあすか組!』で評価して欲しい、と思うのだ。

 たぶんそれは、私の、ジャンル映画へのこだわりという、わがままなのだろう。



*ルック――画面の色彩や照明の「画調」を表わす用語。ハリウッドでは、ルックが非常に重視される。アメリカの撮影監督インタビュー集『マスターズ・オブ・ライト』による。


(この節、終わり)

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