第四節の1 『べっぴんの街』『オクトパスアーミー』

●『べっぴんの街』『オクトパスアーミー』


(ご注意・映画『べっぴんの街』『オクトパスアーミー シブヤで会いたい』の内容を、ある程度、詳しく説明しています)


 八九年の映画『べっぴんの街』は、柴田恭兵を本格的な二枚目として立てようとしたハードボイルドだ。舞台は神戸・三宮、柴田恭兵扮する「私」は元少年院の教師、今は私立探偵として登場する。

 会社社長・中嶋達人(峰岸徹)の娘・町子(和久井映見)を探す内に、さまざまな事件が起こるのだが、映画全体は、ハードボイルドとして成功……と言いたかったが私には不満が残った。アメリカ風のハードボイルドを意識したセリフ回しがかなりキザなのに対して、映像があまりスタイリッシュではないことと、柴田恭兵が、やっぱり『あぶない刑事』を思い出させて、どことなくコミカルであるため、浮いている印象がある。

 ただ、女子高生・富沢令子役のつみきみほは、いい。彼女は町子の同級生である十六歳の女子高生だが、秘密クラブで行なわれていた強姦ショー(素人の女の子を捕まえてきて、強姦する様子を見せる、というもの)の餌食になり、世をすねて、今は家出して、パトロンをつかまえてシティホテルの一室に寝泊まりしている、というかなりハードな役だ。

 令子と「私」が夜の海辺で話すシーンは、印象的である。

「今までいろいろ経験してきた感想はどうだ」

「世間を知りすぎた、って感じ」

「知りすぎた世間についてはどうだ」

「知らなくていいことばっかりよ」

「捨てられるさ、そんなもの」

「難しいけどね」

 こういう会話を、十六歳という設定で(実年齢一八歳)、微妙な表情と説得力を持って演じられる(られた)若い女優は、他にあまり知らない。その演技力で、つみきみほは、二シーンしか登場しないにも関わらず、クレジットでは四番目の扱いとなる、重い役になった。


『オクトパスアーミー シブヤで会いたい』(九〇)は、『今若者たちから熱い注目を浴びているトレンディ・ゾーン・シブヤを舞台に、そこに集まるティーンエイジャーたちの恋とケンカと友情をオール・ロケで描いた青春映画。』。

 ビデオのパッケージをそのまま書き写してみた。失礼。

 まあ、たしかにその通りの映画だが、私は、最低三回以上この作品を見たけれど、茫然とするしかなかった。ドラマというものが、はなから存在しないのだ。

 例えば、主人公の一人である雄太(東幹久)は、渋谷の「ショップ」と言うのだろうか、そこの店員なのだが、サーティーワンでバイトをしているマリ(大寶智子)に一目惚れして、でもマリは今日でバイトが終わりでもう店におらず(一晩の話なんです)、がっかりしていると、店の前でバッタリ会って、早速夜の公園でデートをするのだが、話と言えば避雷針がどうとか、体に子どもの頃の傷があるとか無意味な会話で、その内に、彼の子分格のガキどもが、今でいうチーム同士のケンカを、ローラーボードに水鉄砲でやるというので、彼女を置いて止めに行き、そこに警官(竹中直人)が現われたためにケンカは収まるが、雷雨になってマリは帰ってしまって会えず、残念だなあと思っているのだが、ラストで彼が翌日外国へ行くことが分かる……うちのかみさんに話を説明していたら、ここでキレられた。私も、自分なりの(自分勝手とも言う)使命感がなければ、ソフトごと葬っていたいぐらいだ。

 で、つみきみほ演じる洋子は、このふたりとはまったく関係がない。単に並行して描かれているだけだ。洋子は移動中の車の中から抜け出したアイドル歌手で、雄太の友だち・至(小川隆宏)がスクータで走りながら女の子をナンパしようとしているのを逆に捕まえて、彼のバイト代の入った給料袋をかっぱらって、それでやたらと買い物して、夜の公園で演奏しているバンドに混じって『見上げてごらん夜の星を』を歌って、一度やってみたかったという、ガソリンスタンドの洗車機で水浴びして、至とキスして、事務所へ帰るだけだ。私がつみきみほの信者でなければ、「勝手にしろ」で終わる映画だ。

 この映画は九〇年、渋谷のスペイン坂にドームを作って、そこで公開されたというのだが、そこでそのとき見れば、同時代的感覚があったのかもしれない。しかし、私がそのころ渋谷に行っていないせいもあってか、何らかのリアリティや説得力を持っていたのか、分からないのである。今見ると、単にお話のない、バブルの頃の若モンが夜遊びしているのを、だらっと撮った映画にしか見えなかったのだった。

 私は物語主義の人間なので、これ以上は何も言えない。

 ただまあ、つみきみほは、やはり、渋谷という空間の中に飛び込み、かき回す「異物」としての存在であるとは、言えるだろう。


(この節、終わり)

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