第三節 『花のあすか組!』

●『花のあすか組!」』(八八)角川映画


 八八年、つみきみほは不思議少女から一転して、いきなり少女ヒーローに上り詰めた。崔洋一脚本・監督の角川映画『花のあすか組!』である。

 この映画の凄さの一端は、その評価に現われている。何しろこの映画、キネ旬ではたったの四点(四位ではない)、読者投票0点、雑誌『ぴあ』の読者投票によるぴあテン*でも、一点さえ入っていないのだ。評論家からも、観客からも、見放されているのである。

 しかし、敢えて言おう。この映画こそが、少女ヒーロー映画のベストであり、つみきみほを最高のジャンル女優にのし上げた作品なのである。


「199X年 NEW KABUKI TOWN

  街はドラッグと暴力にあふれ

  ストリートギャング〈レッドノーズゴッド〉

  少女秘密結社〈GROUP―HIBARI〉

  新宿第4分署〈PB―4〉の悪徳K官

  の三者に支配されていた」


 このテロップの後、ローリング・ストーンズの『サティスファクション』に乗って、近未来の、夜の歌舞伎町が紹介される。そこは正に、無法そのものの街である。何しろ、車の前を横切ろうとした、ショッピングカートを押して車の前を横切った老女にドライバーが怒声を上げると、老女は車のフロントグリルに蹴りを入れてくるのだ。ハンパではない。商売女、アジア系とおぼしき屋台、夜の街は混沌に満ちている。

 その夜の混沌に、不良達がさながらミュージカルの一シーンのように、小躍りしながらあふれ出て来る。そこへレッドノーズゴッドが現われ、公然と、ドラッグ「赤玉」を売り始める。そこへK官が現われ、馴れあいで逮捕をちらつかせ、赤玉をかすめ取る。札を手に赤玉にむしゃぶりつく不良や市民達。これが日常の出来事らしい。

 そのさなかに、いきなり爆発が起こる。火炎瓶を投げながら取り引きの現場に襲いかかる、少年のようなショートカットの少女は、赤いジャンパーに黒のスリムパンツという『AKIRA』を思わせる衣装で、短い鉄パイプを武器に手当たり次第、辺りの人間に殴りかかり、闘いながら、赤玉を奪う。つみきみほ演じる、主役・あすかである。

 この巻頭で、早くも私はしびれたのだった。この本では、少女ヒーロー映画を多数紹介してきたが、その中には、主演女優にアクションを叩き込んではいない物も含まれている。しかし、つみきみほは、『精霊のささやき』をぶち壊すように、アクションに全力を注いでいる。何しろ崔洋一の映画は、他の作品を見ても、主役が立つような殺陣ではない。人びとがもつれ合い、からみ合う、文字通りのケンカだ。そしてこの映画、全編にわたってアクションシーンの連続である。覚悟なくして演じられるものではない。

 この後に彼女は、『ボクの乙女ちっく殺人事件』(八八年・TBS)というスペシャルドラマで、軽いラブシーンを演じるのだが、「ラブシーンよりアクションのほうがやりやすかった」という頼もしい言葉を残している。

 赤玉を奪ったあすかは、次に、K官(加藤善博*)の弟が経営する高級クラブから、金を強奪する。店には、仲間のミコ(菊地陽子*)が潜入していた。この少女がまた、機関銃をぶっ放す不良少女である。いや、そんな「不良」、薬師丸ひろ子の『セーラー服と機関銃』以外、あんまり知らないが。とにかくふたりは、アジア人の集まる一角に潜み、「風が吹く」のを待つ。

 そう、この映画は、「風」の映画という点で、『精霊のささやき』につながっているのだ。K官は権力をちらつかせるが、本来、反権力であるべきストリートギャングや不良少女達も、ニュー歌舞伎町の中で、権力抗争の末、バランスを保っている。それは、本末転倒とも言える腐敗だ。つみきみほは、その腐った安定を崩そうとしている「異物」なのだ。

 この一連の「風」を吹かせようとしたそもそもの張本人は、ミコの姉・ヨーコ(武田久美子*)だった。彼女も、そしてあすかも、かつては〈GROUP―HIBARI〉の一員だった。いや、ヨーコは現在もその一員であり、赤玉の製造を任されている。よって、彼女は表向きグループの女王、ひばり(美加理*)に従いつつ、「風」を起こそうとしたのだ。彼女の強さに心酔し、その「風」という夢に共鳴して、あすかは反乱を起こしたのだった。

 ひばりは赤玉を握っているが故に、レッドノーズゴッドのリーダー・トキ正宗(石橋保*)も、K官も逆らえない力を持っている。このひばり、声を普通に出すことができず、話し合いや指令は、腹心の春日(松田洋治*)に耳打ちして話させる。ぬめっとした顔に白服の春日が、紫のメイクをしたひばりの喉に手を当てながら、耳打ちを聴いて話す。異形ぶりがよく現われている。この街では、誰もが異物だ。ただ、そこに安住するかどうかの違いが、それぞれのグループを巻きこんでの争いとなる。

 そのひばりの配下が、けじめのためにあすかを追う。あるいは異様なメイクをし、あるいは野球帽をかぶった長身の不良少女達が(この映画では身長158センチのつみきみほが「チビ」という設定なので、周りの人間はみな背が高い)、逆光を背に夜の街を行く。道の脇からは、工業地帯を思わせる蒸気が間欠的に噴き出し、その噴出音がやがてリズムとなり、そのリズムに乗ってサンプリングされた『サティスファクション』のイントロが流れるシークエンスは、こよなくスタイリッシュである。

 しかし、やがてこの戦いは、ヨーコの裏切りによって挫折する。そのきっかけは、ヨーコが男と女の関係にあるトキに振られたことにあった。狭義の少女ヒーロー作品において、戦いに男女関係を持ち込む者は、夢の実現からリタイアせざるを得ない。

 対するあすかは、「汚いよ、男とか女とか」と言い切る、まさに少女ヒーローである。余談ながら、崔洋一監督は、原作者の高口里純に会ったとき、まず、「あすかは処女ですか」と尋ねたらしい(高口里純は、「もちろんです」と答えた由)。

 かくてヨーコは、あすかをも含む全ての勢力を壊滅させるために陰謀を巡らせ、自らは売人がやってはいけない赤玉を吸い、自壊していく。あすかはひばりに捕らえられる。ひばりはあすかを女として愛しているらしいが、あすかは「死んでもてめえのイロ(情婦)にはならねえよ」と言い切る。あすかの年齢は十六歳と設定されているが、あくまで、女を持ち込まない、少女そのものの姿が、そこにはある。(原作を踏まえて十四歳とも言われている)

 こうして物語は、血で血を洗う抗争に発展し、権力を握ろうとする者達は、互いに殺し合っていく。その闘いは、最終的にはヨーコとあすかの対決へと昇華される。

 物語の終わりでは、街にアジア人があふれ、アジアの混沌が日本人達の権力闘争を無にする。その中にあすかはロングコートを着て、ひとり佇むラストショット。そして映画のクレジットでは、キャストの最後に、こう記される。

「199X年のASIANたち」。

 この映画は、アジアの混沌をなりふり構わず描こうとした作品だ、と私は考える。

 先にも書いたが、つみきみほはとにかくよく動く。パンフレットを見ると、アイドル的な役の多い武田久美子は「動くのがしんどい」というようなことを現場で言っていたそうで、つみきみほは心配したらしいが、全ての人物が叫び戦う映画の熱気に呑まれたか、存分に動いている。ケガをした足をあすかに蹴られるシーンなど、何の手加減もない凄惨さである。

 この映画が評価されなかった理由の一つに、K官を含めたほとんどの人物が、不良言葉でわめき散らす(言葉を聴き取るのも大変なほど)、その異様さがあるようだ。しかしこれは、監督の狙いだった。アジアの混沌を表わす表現手段だったのだ。それを私は、充分に堪能したのだが、一般的な評価は先に述べた通りだ。

 また、ウォルター・ヒルの『ストリート・オブ・ファイアー』に似ている、という指摘もある。だが、あの映画自体が、日活アクションにインスパイアされたとおぼしいものであり、堂々の逆輸入と言えるのではないだろうか。

 そして、映画のほとんどが夜景で、光と影との美しさを充分に表現し、終始、『サティスファクション』のサンプリング(佐久間正英による)が流れる。このスタイルは、魅力的である。


 ……と書いたところで、この映画の迫力をどれだけ伝えられたか、きわめて自信がない。

 だが、すでにつみきみほの信者となっていた私は、ここで初めて、「少女ヒーロー」という概念に目覚めた。『精霊のささやき』でリリカルさを魅せたつみきみほは、この映画では一転、りりしさを見せつけた。少女とはそういうものなのだ、と私は思うようになったのである。

 そして何より大事なことは、少女には、性の匂いがあってはいけない、ということである。『精霊のささやき』も、『花のあすか組!』も、つみきみほには「女」を感じさせる気配はまるでない。

 これこそが、少女ヒーローのあるべき姿なのだ。


 しかし歴史は、このままでは終わらない。つみきみほは、どんどん変化を遂げていく。若い頃から「いい女になる」と言っていた通り、どんどん「女」として成長していった。

 それに私がついて行けたのは、つみきみほが一貫して演じる、「異人」性によるものだ。

『精霊のささやき』も、『花のあすか組!』も、ある停滞した人びとと、人びとが作り出す空間の中に、つみきみほが訪れ、働きかけることによって、空間自体が変化してしまう。そして、つみきみほは、決して空間には溶けこまない。天性の資質である声と、役柄から来る行動力で、あくまでも異質な存在であり続けるのだ。

 これがヒーローである、とは言えないだろうか。

「少女」を脱してもなお、「異物」であり続けられることを、つみきみほは、私に教えてくれたのだ。



*ぴあ――首都圏の映画、音楽、イベントなどを紹介した情報誌。

*加藤善博――森田芳光監督作品で活躍した、いかにも柄の悪そうな役が持ち役の俳優。

*菊地陽子――やや地味な顔立ちだが、アクションは本物の女優。

*武田久美子――現在、アメリカ在住。本書に書いた俳優は、故人も多いので、健在でほっとした。

*美加理――寺山修司の舞台で世に出た、常人離れした美貌の女優。現在も演劇で活躍。

*石橋保――八六年の映画『君は裸足の神を見たか』でデビュー、極道から優等生まで、幅広く活躍する。大映テレビでは、『アリエスの乙女たち』の主役(のひとり)。

*松田洋治――子役としてデビュー。『もののけ姫』のアシタカ役で知られる。


(この節、終わり)

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