第二節の1 『魔夏少女』

●二節の一/『魔夏少女』(八七年八月)TBS


(注・小川範子主演の『魔夏少女』について、詳しく触れています)


 私はこの作品を、本放送時とCSで見ているので、またどこかで放映されるかもしれないが、保証はできないので、ある程度、詳しく述べることにした。お許し願いたい。

 ある小学校の、プールの時間。少女たちが泳いでいる。その中で、小川範子演じる木下綾にいたずら(性的な意味では一切ない)を仕掛けた男子の太股に、急に傷ができ、血が流れる。この血の色は、めったに見たことのないリアルな色だが、それはさておき、このドラマで特徴的なのは、「それがなぜ?」という説明を、一切排していることだ。

 相手に血を流させる、という綾の能力が、なぜ発現したのか、治す方法があるのか……すべてを謎のままにして、物語は進む。綾の能力は本人の意志とは関係なく発動し、下の階のクレーマー、猫おばさん(菅井きん)の猫が出血で死に、憧れていた橋本先生の奥さん(Webで公開されている伴一彦*のシナリオでは「橋本女先生」と書かれている)は流産し、綾の母・美都子(原田美枝子!)が事務で勤めている病院で、綾もなついているはずの佐藤(森本レオ)も、精神安定剤(らしい)の注射を打っただけで、惨殺されてしまう。ついにその『力』は、美都子にまで及び、綾は自分自身に「やめて、お願い」と懇願する。彼女の『力』は、制御できないのだ。彩、幼い妹・優、美都子、単身赴任中の父・耕平の一家は壊れていく。

 このままなら凡百のホラー映像だが、この作品のユニークさは、そこから始まる後半にある。

 一家は美都子の母・タツ子(風見章子)の家の傍へと引っ越し、綾は中学に進んで、何ごともなかったように明るい。しかし、中学生になった綾は、授業でカエルの解剖をしたとき、その心臓を『力』でつぶし、無気味に笑う。

 そして、学校からの帰り道、「生意気な」(と言葉では言っていないが)綾をつかまえた、同級生の大久保は、腕から血を流して逃げる。偶然、その場に遭遇した美都子に、綾は明るく笑う。「全然平気になっちゃった。夜、眠れないこともないし、食欲だってあるし。(大久保を)ちょっとこらしめてやっただけ」。

『力』は、消えてはいなかった。ただ、制御できるようになっただけなのである。

 しかし、その『力』はエスカレートしていき、夜の家を襲った大久保を大出血させ(ここから学校は出てこなくなる)、止めようとした美都子も、血を流す。微笑む綾。

「離して、って言ったでしょう。分かった? ママ。私にどなっちゃ、ダメよ」

 そして綾が、馴れ馴れしい態度の隣人・鈴木(伊東四朗)を殺したことで、完全に主客は転倒し、今度は美都子が心を病み始める。学生時代、美都子と、夫・耕平(三宅裕司)を取り合った相手のしのぶ(黒田福美)も惨殺されたと新聞で報じられ、美都子は耕平に訴える。

「一年前は、(綾は)力をコントロールできなかったの」

 しかし、仕事人間の耕平は、何が起きているのか、感じ取ることができない。美都子の実家でもめる父母の苛立った会話を自宅の部屋で感知し、オウム返しに呟く綾。美都子の怒りがピークに達したとき、綾は叫ぶ。「ママ、やめて!」。


★ここから結末のネタバレ


 美都子の、耕平への怒りが綾に乗り移り、自宅へ帰った耕平に、綾は叫ぶ。「パパなんか嫌い!」そして、耕平の首は吹き飛ぶ。

「あたし、殺そうなんて思わなかった……」

 涙を流す綾を、帰ってきた美都子も涙ながらに抱きしめ、台所に放火する。そして美都子の腕の中で、綾は無邪気さを取り戻し、ふたりは炎に包まれていく。

 こうして事件は終わるが……。


★ネタバレ終わり


 ラストのラストに来るショックシーンは、推測できる方もいらっしゃると思うのだが、ホラーの完全なネタバレは禁じ手なので、伏せておこう。

 先に書いたように、このドラマには、一切の説明がない。ひたすらに血を流し、「壊れて」行く綾は、しかし、美しい。ホラーならではの美しさだ。小川範子の演技も、当時の実年齢一四歳とは思えないほどしっかりしていて、身体的にも少女らしさを感じさせた。しかしその肢体を、ただ鑑賞するためのドラマではないことは、言っておかなければならない。

 本放送で見た当時、私は、『キャリー』や『フューリー』といったホラー映画を想起し、「それに比べたらチョロいもんだ」、と思っていた。しかし、二〇一四年のいま見ると、テレビドラマでよくこれだけの描写ができたものだ、と感心せずにはいられない。森本レオら、被害者のリアクションのうまさも、ドラマを助けていると思う。演出(吉田秋生*)の力とも言えるだろう。

 だが、何より怖いのは、綾が自分の意志で、『力』を使い始める所だ。放映された頃、女性の知人に、「女はこういうものです」のようなことを言われた記憶があるが、娘と母が同化して迎えるラストは、ほんとうに怖ろしい。

 ……おや、かみさんが帰ってきたようだ……。



*吉田秋生――『乱歩―妖しき女たち』『かまいたちの夜』などで知られる、TBS生え抜きのディレクター。小川範子と、時を経て〇五年、結婚した。


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