第七節の2 『三姉妹探偵団』
●七節の二/『三姉妹探偵団』(九八年一―三月)NTV
佐々本綾子(鈴木蘭々)、夕里子(吉川ひなの)、珠美(野村佑香)の三姉妹は、新居に越してきたが、引っ越し早々、家は何者かに放火され、父・佐々本周平(高田純次)は行方不明になり、おまけに火事の後からは、女の死体が出てくる。三崎警部(長谷川初範)率いる警察は、一連の事件の犯人は周平の仕業だと断定する。その間にも殺人事件は次々と起こるが、事件は二転三転。結局、全く意外な人物が犯人だと分かり(何しろ推理の材料がない)行方不明だった周平は、海外に出かけていたことが分かるが、出かけた先のカメルーンで、怪しい男たちにピストルを突きつけられる。三姉妹は、焼け跡にテントを張って、当座の生活を始める。これが、一~二話のストーリーである。二話分なのだ。
あまりに薄い内容だ、と思われるかもしれないが、その通り。三姉妹の役者や、刑事役の河相我聞のファンでもなければ、話の薄さに驚くかもしれない。ファンと言えば、端役で谷原章介も出ている。
八〇年代の『スケバン刑事』シリーズもともかく、前の年、九七年の『FIVE』でも切れのいい脚本を書いている橋本以蔵の作品とは、とても思えない内容だ。以下は、私の個人的な言い分である。
一般に、ドラマの話が薄い場合には、次のような理由が考えられる。
一・脚本家にやる気がない
二・やる気のある脚本に、チェックがうるさく入る
三・やる気はあるが、作風が変わった
橋本以蔵の場合を考えると、九九年から始まる『地獄の花嫁』シリーズでも、のりのいい脚本を書いていたので、作風が変わった、とも考えにくい。
では、他の可能性はどうか。第一話で、三姉妹のこんな会話がある。
「なんでこのパーティーに関係者全員が出席してんの」
「こんなシチュエーション、ドラマでもないよ」
そういうセリフをドラマで言うことに、私は違和感を感じた。実際、そのパーティーには、父の上役(谷隼人)から珠美の担任(赤坂泰彦)まで、文字通り関係者全員が出席していて、その中で意外な人間関係が明らかになり、犯人が見つかるのである。これは赤川次郎の、ことに初期作品では顕著で、冒頭に主要な人物が全員出てきてその中に犯人がいる、という特徴がある(『三毛猫ホームズの推理』原作などもそうだ)。
おそらくは、この辺りが橋本以蔵の本音なのではないか、と思われないでもない。原作と、あるいは製作サイドとの、乗りの違い。自分が「これならできる」、と思えたプロットの否定……憶測しているときりがないが、赤川次郎原作の作品では、ありがちなことなのである。大林宣彦監督の『ふたり』『あした』、大林版の二時間サスペンス『三毛猫ホームズの推理』や相米慎二監督の『セーラー服と機関銃』のような成功作はあるが、どちらも、原作を大胆にアレンジしている。そこがうまく行かなかったのではないか。
というのが私の憶測である。
ともかく、薄ーいミステリだと思うと、時限爆弾を止めるために、赤と青の線のどちらを切るか、というサスペンスではおなじみの要素*に、新しい例が加わる*、冬ならではの温泉話に幽霊を載せるなど、ありがちな要素が盛り込まれていて、まったく面白くないわけでもない。その面白さを「発見」するには、三姉妹が温泉へ行くことになるまでに約一三分かかって、まだ事件が始まらない、といった展開に耐える必要があるが。
ちなみに、時限爆弾の出てくる第三話には、SHAZNA*のIZAMが本人役で出演しており、この作品で吉川ひなのと出逢って、結婚した。
*赤と青の線――私が初めてこのパターンを見たのは、映画『ジャガーノート』(七四)だが、その後、同作を超えるスマートな解決策を見たためしがない。私自身、『メイド刑事』(原作)で挑戦し、失敗している。
*新しい例――線を切ろうとした国友がいつもだいじなところで失敗をするので、タ里子が反対の線を切る。
*SHAZNA――ビジュアル系バンドの代表格。IZAMはヴォーカル。〇〇年、活動停止。
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