第六節の2 『深く潜れ~八犬伝2001』

●『深く潜れ ~八犬伝2001』(〇〇)NHK―BS


(ご注意・このページでは、『深く潜れ』の内容と結末に触れています)


 私は、NHKの良い視聴者ではない。地上波の受信料は払っているが、BSともなると、すっかりお手上げだ。よって、BSのドラマとして制作されたこのドラマも、かろうじてCSで見ることができた。


 二〇〇一年夏 今ではない「いつか」 ここではない「どこか」


 物語の最初は、そんなテロップで始まる。二〇〇一年春、奇妙な風貌の男、小田一(テリー伊藤)のサイコセラピーを受けている、平凡な短大生、井上香美(鈴木あみ/現・亜美)。彼女は高校時代、それこそごく普通の女子高生だったが、同級生の孤独な少女、阿保朋子(小西真奈美)と友人になる。事故で記憶を失った香美は、クラスやサークル(ソフトボール部)の中で孤立していき、それと同時に、阿保と仲良くなっていく。阿保は、無表情に言う。「恋人同士だったんだよ、前世で」「誰が?」「あたしと、あんたが」。

 その前世に興味を持ち、阿保にも興味を持った香美は、阿保とやや過剰なほどに仲良くなり、高校を出てからは、一緒に部屋を借りて暮らすことになる。香美には家があり、母(高橋恵子)を含めた家族もいるのに。しかし、小田に「で、彼女はあなたの恋人ですか」ときかれた香美は、「んなわけないでしょ」と一笑に付す。そう、この物語は、香美と阿保の、友情と愛情のぎりぎりのところで成り立っているのだった。

 あるいは、恋人だ、と認めてしまえば、ふたりの関係はもっとうまく行っていったのかもしれない。しかし香美は、阿保が語るふたりの前世の夢をより深く知りたくて、小田に助けを求めたのだった。

 こうして、小田の導くままに、香美と阿保、引きこもりの青年、及川昭人(千原靖史、現・千原せいじ)と、その弟で脳天気な正人(千原浩史、現・千原ジュニア)、孤独な男の子、野崎翼(明石亮太郎)、やや精神が幼い雰囲気のシングルマザー、宮川弥生(猫田直)、そしてほんとうに平凡な主婦、田淵祥子(天田貴子)の一行は、香港の九竜島にも似た、奇怪な廃墟の立ち並ぶ島(ロケ先は長崎の軍艦島こと端島)へ向かう。この頃から、阿保はひどく冷淡になっていて、小田を全く信じていない。

 ここで問題なのは、八犬伝と名前をつけた以上、八人の仲間が集まるはずなのだが、八人目が誰なのかは、はっきりしない。普通に考えれば小田だが、彼はみんなとまるで立場が違いすぎる。七人は前世で敵と戦ったそうだが、その仲間を裏切ったブラックと名づけられた存在が誰なのかが、結局分からない。なお問題なのは、ブラックが誰か、という問題は、ほぼ、ドラマにとってはどうでもいい。

 そう。このドラマで問題なのは、香美と阿保の関係性と、残るメンバーがなんのために出てきているかが、ほとんど描かれないところだ。第三話「覚醒」(脚本・神山由美子、藤本匡介。シリーズを通してこのふたりの共作)で小田は、みんながソウルメイト(前世の魂の友)だ、と語り、次のように告げる。

「そもそも、数ある前世の中で、なぜ特定の前世を見るのか、考えたことはありますか。何かそこに、意味があると思いませんか。そして皆さんは、たまたま二〇〇一年という年に、たまたま私というセラピストの、門を叩いた。これは単なる偶然ですか。……ことわっておくが、私は神を信じない。基本的には無神論者だ。しかし、運命は信じる。その運命という力が、みなさんをここへ集めた。私には、そうとしか思えないんですよ」。

 そして次第に、七人はひとり、またひとりと、前世の夢に覚醒する(おかしな日本語だが)。ただ、その夢は、細かい所でひとりひとりが食い違っており、ほんとうの前世かは分からないままだ。と、いきなり、廃墟の上に立つ阿保が、メガホンで語る。「我々は、ここへ遊びに来たのではない!」。

 これは、かなり演劇的演出であり、これまでの展開も、それが演劇だ、と思うと、にわかに親しみを増してくる。軍艦島という舞台の中で、それぞれの前世にしがみついた人びとの舞台劇。セリフはレトリックによって、その現実性を失う。そこに意味を求めるのではなく、各人のドラマを分からないものは分からないまま、身をゆだねていくしかない作劇。

 ひとり、消えた阿保を捜して、島へ残った香美は、阿保の霊に逢う。

「香美、あたし、淋しい。ひとりで淋しい。ひとりで淋しい。だから、だから香美もあの堤防の上から……そしたらずっと一緒だから」。

 阿保の死を信じない香美の前で、阿保の霊は淋しそうに消えていく。すると、もうひとりの香美が現われて、阿保の居場所を教えてくれる。

 時が経って、香美はピザ配達のバイトで、阿保、という家に向かう。出迎えたのは阿保だが、なぜか明るく、妖艶なチャイナドレス姿の阿保は、いまはイギリス人と住んでいる、と語る。翌日、仲間たちがアジトにしている正人の家に、香美が行ってみると、阿保がいる。

「どうして?」「あたし、覚醒したんだもん」。

 そこで事態は、ますますの混乱を迎える。小田はすでに自殺しているが、一同の前に、まったく同じ人間が、木村と名乗って現われる。これをどうしてみんなが納得したのかは、私には分からない。そこへ、戦士たちの裏切り者だったブラックが、胡乱な服装の青年(京本政樹)として現われるのだが、一同に拒絶され、そのシークエンスだけで消え、その後一切出ない。阿保はこの事態を打開する道具として、ムーンストーンのペンダントを出すが、これの意味も分からない。

 こうして、分からないことを多数、残したまま、ドラマは終わりを迎える。


(★ここから、結末のネタバレ)


 阿保は、雨の降る坂の途中で、道に座りこみ、香美も背中合わせに座る。そう。ふたりはずっと、互いの背中だけを見てきたのだ。

 阿保は言う。「香美、ほんとにずっと一緒にいられると思う? それって、それってすごく難しいよ。だって、私たち、もうすぐ二〇歳だよ。(中略)あたしには見えるの。一〇年後、すっかり香美のことなんか忘れて、前世のことも忘れて……そうなる位なら……」

「それしかないのかな」。

 そしてふたりは、夜のビルの屋上に立つ。お揃いのボーダーのシャツを着て。だが、ふたりとも、死ねない。錯乱する阿保を、香美は優しく抱きしめる。「たぶんね、私たち、これでも生きられるんだよ。そして、誰かと結婚して、子どもが産まれて、お母さんになって……そしたら、こう言うの。私たちみたいな子を見て、『変わってるね』って。『あの子たち変わってるね』って」。

 阿保はうっすらと笑う。「お別れだね、しばらく」。香美は応える。「今度はいつ? 百年後? 千年後?」

 こうして、七人の転生者たちは、平凡な日常に戻っていく。香美に好意を寄せていた正人は、大阪へ帰る前に、香美に電話する。「ねえ、どこへ行くの」「来生でな」。

 ドラマはすとん、とそこで終わり、クレジットの後に、自殺したはずの小田=木村=中川喜一(が、たぶん本名)が甦って、また、人を集めてセミナーを開いているところが入るが、これはあまり意味のない結末だ、と思う。七人の、中でも香美と阿保との関係性は固まったのだし、その他の人びとの問題や関係性も、明らかになったのだからだ。


(★以上、ネタバレ終わり)


 このドラマを見る人は(DVDが出ている)、結局、なんだったのか、どういう話だったのか、首をかしげるのではないか。実際、見ていて稚気に近い感覚を味わうところも多い。ただ、見れば見るほどに、『迷宮』(そういうサブタイトルの回がある)を味わう実感もまた表われてくる。

『深く潜れ』は、私の中では、難解ながら佳作、と、わけが分からないのでアウト、の間ぐらいのところに、いまのところは、ある。しかし、それこそ中二病のようなモチーフと、つじつまを合わせようとしないすとん、とした感覚は、否定することができない。

 そこまで分からなくても、同じセリフを繰り返して言うのに代表される、それこそ独特のセリフ回しや、アバンギャルドな演出は、楽しめるのではないか、と私は思う。キャストも、小西真奈美がまだとんがりきっていた頃の、硬いキャラクター作りで、楽しい。

 ただひとつ言うなら、なぜ「八犬伝」にしたのかは、分からない。最初に「八犬伝」という企画があったのだろうが、おかげで、目立たない人物が最低ひとり、できてしまったし、犬が登場するが、殆ど何もしないからだ。


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