第五節の3 『仮面天使ロゼッタ』

●『仮面天使ロゼッタ』(九八年七月~九月)円谷映像、テレビ朝日


(ご注意・『仮面天使ロゼッタ』と『漆黒のフレイア』について詳しく述べています)


 この本で、変身物を扱うかどうかについては、悩んだ。変身ヒーローを扱うなら、フジ日曜朝の『美少女仮面ポワトリン』『有言実行三姉妹シュシュトリアン』などにも触れなければならないからだ。好きなのは大好きだが、そこに踏みこむと本が倍の厚みになってしまう。

 そこで、ここでは、『エコエコアザラク』の命脈として語れる深夜枠作品に限って紹介することにした。

『仮面天使ロゼッタ』は、それこそ平凡な女子高生、神あすか(★吉井怜)が戦いに巻きこまれ、ロゼッタとして覚醒、宿敵・デュアトスを倒す……という物語だが、この作品が優れているのは、あすかの父・健一郎(★潮哲也)も変身ヒーロー・神仮面ファラオンであり、その力を受け継いでロゼッタが戦う、という構造にある。第一話の冒頭、深夜の街で吸血怪人に出逢ったファラオンは告げる。

「月の光を背に受けて、闇にうごめく悪を断つ。神仮面ファラオン、ここに見参!」

 しかし、朝が来れば、彼は冴えない父親である。その父がストーカーではないか、という疑惑を抱いたあすかは、夜、健一郎の後をつけ、彼が追っていた女とばったり出遭うが、逆に襲われる。そこに健一郎が現われ、「娘に手を出すな、デュアトス」と切り出す。

「フッ、伝説のヒーローも娘の命は惜しいか。その甘さがお前の限界だよ、ファラオン」

 まあ、そんなもんだろうなあ、と思う間もなく、健一郎は昂然と答える。

「違うな。それが私の強さだ、デュアトス」

 宮内洋は、「ヒーローに家族はいない」、と言った。しかしファラオンは、家族がいることが何よりも尊く、誰よりも強くなれる理由だ、と言い放つのである。

 そして、その言葉を受けて変身し、敵を倒したロゼッタ=あすかに、健一郎は、デュアトスが人類四〇〇〇年の敵であり、神家が代々、戦う宿命にある、と話す。

「だからといって、お父さん、お前にデュアトスと戦えとは言えない。ひとりの父親として、お前には女らしい、平凡だけど穏やかな一生を送って欲しいと思ってる」

 宿年の戦いを、父の代で終わらせたい、と願う健一郎。しかしデュアトスは、あすかの日常に忍びこんできた。悩むあすかは、父に思いをぶつける。

「 父さん、あたしに化け物退治させたいんでしょ。なんであたしなの。不公平じゃない。ロゼッタって誰よ。あたしって一体何?」

 この「本音攻撃」を、健一郎は真っ向から受け止める。

「あすか、お前はお前だ。自分の道は自分で決めればいい。だけどな、人は何かをするために生まれてきたんだ。それが何かを知るために、今やれることを全力でやる。お父さんもお母さんも、あすかをそういう子に育てたつもりだ」

 そしてあすかと母・敦子(樋口しげり)を人質に取られ、ファラオンは変身を解く。

「お父さんは、ファラオンだから戦っているんじゃない。たとえファラオンにならなくても、人間の自由と平和を守るために、お父さんは戦う。デュアトスがそこにいる限り。絶対に負けない!」

 その力強い言葉に応えるように、あすかはロゼッタに変身し、新たな必殺技を放つ。

「お父さん、ごめんなさい。……決めたの。だってお父さんにあんな一生懸命な姿見せられたら、覚悟決めないわけにはいかないでしょ。かっこよかったよ」

「普通の女の子に戻れなくなるぞ」

「普通ってけっこう、大変だもん」

 深夜にヒーロー番組をやる、というのは、大人を納得させることでもある。かつてのオタクは、気がつくとそれなりに年を取り、社会の一員になっている。その大きなオトモダチに発する、これが作り手のメッセージだ。あるいはまた、父のセリフにある。

「人を蹴落として偉くなるより、人の痛み、人の悲しみが分かる人間になりなさい。私たちが特別な力を与えられているのは、人を守るためだ。傷つけるためではない」

『アテナ』に通じる「守るために戦う」が、ここでは父によって発声される。

『ロゼッタ』は、平凡な女子高生がヒーローになれる「夢」を叶えたのと同時に、父親だってヒーローになれる、いや、それにも増して、男は家庭を持つことでより強くなれるのだ、と説いている。このドラマの眼目は、ここにある。

 ただひとつの疑問は、終盤からの展開である。なぜか奇妙な暗さが見受けられるのだ。最後に家族が揃ってカレーを食うシーンの、あの暗さはなんだろう。私には、解釈できない。

 しかし、『ロゼッタ』は好評を得たようで、九八年、『仮面天使ロゼッタ 漆黒のフレイア』(脚本・野添梨麻、監督・清水厚)が、ビデオ発売を前提として放映された。外伝と言うのが妥当かと思われる。

 神健一郎は、ある夜、謎の仮面天使が若い男女を惨殺する現場に遭遇する。当然ながら、あすかであるはずはない。翌日、父の会社には新しい女性部長・野嶋珠紀(夏目玲)が赴任し、あすかの通う青雲女子高校二年B組には、少女・真宮鏡子(吉川茉絵)が転入してくる。

 やがてデュアトスの怪人が健一郎の前に現われ、健一郎は神仮面ファラオンとなり、ロゼッタも加わっての闘いになる。一方、青雲女子高では、怪しいマントの人物が、放課後、次々に教職員を襲い始める。その魔手はあすかにも及び、あすかがロゼッタに変身すると、怪人物も仮面天使フレイアとなって闘いを始める。あすかはフレイアについて父に訊きたかったが、健一郎は野嶋部長に振り回されて、闘いどころではない(ここが『ロゼッタ』らしいところだ)。あすかも、イケメン美術教師・沢村祐一(岡本光太郎)に淡い思いを寄せ、混乱する。ここまでが五〇分。感覚としてではなくとも、充分に長い。

 そこから話は急展開する。沢村は怪人に変身し、鏡子はフレイアに変身する。あすかはロゼッタとなって怪人を倒すが、また別の怪人が現われる。ロゼッタはフレイアと共に闘い、友情が生まれる。と思う間もなく鏡子は「あの学園には用がなくなった」、と去る。計、七四分。

 私は、『ロゼッタ』の企画、原案の畑澤和也プロデューサーには比較的に好意を持っているのだが、この作品については、拍子抜けした、としか言えない。なぜ、九〇年代以降の少女ヒーロー映画では、主人公が何もしない作品が多いのだろう。予算がどう、とか言うべき問題ではない気がするのだが。


*吉井怜――清純派アイドルとしてデビュー、本作で初主演を果たすが、その後、急性骨髄性白血病にかかり、一時は死すら噂されたが、骨髄移植によりカムバックする。


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