第五節の1 『アテナ』(石橋けい主演)

●石橋けいの『アテナ』(九八年四月~六月)ジャパン・ヴィステック/JVプロデュース/テレビ東京


 超能力少女について描いたドラマで、私がいちばん好きなのは『禁じられたマリコ』、次がこの『アテナ』である。絶対手に入らない作品(『アテナ』は中古VHSならあるが、値段はとてつもなく高い)だからほめるのか、って? とんでもない。私がご紹介しなければ、葬り去られてしまいそうだからだ。

 さて、『アテナ』だが、設定自体は目新しいものではない。舞台は現代のパラレルワールドに設定されており、人びとの生活も現代のものだ。ただ、この作品世界では、バイオ技術を中心に急成長したWAD(Work and days?*)社が事実上、世界を支配しており、主人公、麻宮【あさみや】アテナ(石橋けい)と両親も、その極東支社の企業城下町・当内市*に住み、父はWAD社に勤めている。

 この秀逸なドラマで、ひとつだけ問題なのは、こういう前提となる設定が、ソフト(しかもVHSテープしかない!)のメイキングでしか、分からない、ということだ。こればかりは、責められてもしかたあるまい。

 しかし物語は快調に進む。アテナ、一七歳が朝、学校へ出かける日常の光景のスケッチが、その後の闘いを引き立てる。こういうドラマには必須の描写だが、ことばにし難い所で、ごく自然に描かれている。しかも、そこからアテナの『力』が覚醒のきざしを見せるのは、タイトルから測って五分であり、一方で、アテナへのいじめの兆候も現われている。日常世界を丹念に描いていながら、全体のスピードは速く、密度も濃い。

 息をつく間もなく、ドラマにはもうひとりの重要人物・シュウ(松尾政寿)が現われる。白い服をまとい、年の割には童顔と思える彼は、体は二〇歳だが実年齢と精神年齢は四歳であり、WADの研究室で、保育園にあるようなおもちゃで遊びながら、研究員の椎名マドカ(神保美喜)に溺愛されている。彼もまた『力』を持っている人間だ。

 この物語は、二つの要素、即ち、アテナが『力』に覚醒することと、シュウが外界、そしてアテナに興味を持つことから始まり、対決になるのだが、記憶にとどめたい点がある。

 それは、シュウは常に母親を求めており、『アテナ』はマドカとアテナの、母性によるシュウの取り合い(アテナは自覚していないが)の物語だ、ということだ。一見ありがちに見えながら、実はこうした設定は斬新なものだ。

 もう少しストーリーを追ってみると、アテナは覚醒し、その不安から、超常現象同好会の部長・大沢ヒロキ(窪塚洋介)に助けを求めるが、ヒロキは面白半分というのでもなく、アテナを庇護し、一緒に問題に立ち向かってくれる。少女が戦士で、少年が庇護者だ、というのは、一般的に見て、役割が逆転してはいないだろうか。しかも、その少女は、母親でもあるのだ。本書をお読みの方にとっては、さほど珍しいことではないかもしれないが。

 シュウはサイコロにカップをかぶせて振り、すべての目を揃える。椎名はシュウをほめる。「(ごほうびに)何が欲しい?」ときかれて、シュウは答える。「アテナ」。「どうしてアテナが欲しいの?」「どうしてだろう」「私じゃだめ? 私のすべてをあげる」。

 ここだけ切り取ってみれば、女としての取り合いの構図も描けるだろう。実際にシュウは、「アテナをはさんで三角関係か」、と監視役の研究所員には冷やかされる。

 しかしシュウは、四歳の子どもである。そしてアテナは、シュウをおとなの男とは、決して見てはいない。アテナがシュウに感じるのは、深いあわれみの情であり、シュウが椎名に焚きつけられて、超能力対決を求めても、アテナは中盤まで、積極的に闘おうとしない。戦闘描写ができないわけではない。作劇上、逃げているわけでもない。

 アテナと椎名は、さながらユングの言うグレートマザーのように表と裏を表わしている。アテナがシュウとの対決を避ける一方で、椎名は、アテナという『母』を見つけたシュウの、無軌道な言動に取り乱すばかりだ。所員が言う。

「椎名先生の動揺は、シュウのことというよりも、シュウの興味をそそったのが、アテナだからではないでしょうか」

 そのアテナを生み出したのも、シュウと同じく椎名である。実際に、ふたりの卵子を提供したのが椎名なのだ。ただ、アテナは子宮の中で生まれ、シュウは実験室のシャーレの中で生まれた。椎名は、彼らの出生にまつわる忌まわしい記憶から、アテナを消し去ろうとしている。アテナの『力』は、母親に殺されようとしているアテナの、必死の抵抗とも言えなくはない。母と娘、いや、母と母の、葛藤むき出しの対決だ。

 そしてまた、真相が明らかになり始めたとき、アテナは自分の育ての親を救うため、WAD社へ向かおうとする。「『力』がなくなったって証明できれば、パパやママが自由になれるでしょう? 私も自由に……」。親子の関係は、少女ヒーロー映像では殆どの場合、良好なのだが、このドラマでは、それがより前面に押し出されている。物語の根幹に関わるからだ。

 終盤、物語は謎の存在タンタロスや、超古代人、ハンライ(黄雷)一族などが登場して、ややまとまりを欠くが、それでもアテナは言う。

「守るべきものって、私の中の私自身なんじゃないかな。ほんとうの勇気って、誰かに立ち向かうことじゃなくて、逃げようとする弱さと闘う、ってことだよね」

 あくまでも、自分自身の「弱さと闘う」アテナ。この物語は、少女ヒーローならではの、母性の物語なのである。

 石橋けいは、役にのめりこみ、メイキングのインタビューでは、完全にアテナとして語っている。役に魅せられた「少女」の姿が、そこにはある。

 キャストでは、椎名と対立する兵藤役に並木史朗、また、アテナの唯一の友人・リカに、大谷允保(現在、大谷みつほ)、スタッフ面で見ると、『軍師官兵衛』の脚本家、前川洋一が書いているが、むしろ、『世にも奇妙な物語』などを手がけた鈴木貴子の脚本が秀逸だ。

『アテナ』は現在、中古のビデオソフトが出回っているが、あまりにも高いので、積極的にはお勧めできない。なんとかソフト化されないものだろうか……。


*work and day社――VHSソフトのメイキングでこう呼んだように聴こえるが自信はない。

*石橋けい――『女優霊』『ウルトラマンティガ』と、一時代のジャンル映像を彩ったヒロイン。現在(二〇一四年九月)も、CMなどで活躍している。

*当内市――一〇話で一カット、文字として出てくる。トウナイ市と呼ばれている。

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