第四節の2 『ボクの女に手を出すな』
『ボクの女に手を出すな』(八六) 東映
小泉今日子というと、陽性のイメージがあるが、『踊る大捜査線 THE MOVIE』などのように、幅広い演技力を持っていることは言うまでもない。そもそも映画デビューが、『花のあすか組!』の崔洋一監督による犯罪映画の問題作、『十階のモスキート』(八三)だ。
『ボクの女に手を出すな』では、小泉今日子は気だてのいい、天涯孤独の不良として登場する。これが、この映画を本書に加えた理由だ。
その気性の激しさから何をやっても長続きしない少女、黒田ひとみ(小泉今日子)は、勤めていたスーパーをつまらない理由でくびになり、家賃に困って泥棒を働く。逃げるところを、たまたま通りかかった弁護士・加島和也(*石橋凌)に拾われる。
自らも孤児である加島は、顧問弁護士を勤める富豪・米倉家に、亡くなったばかりの当主の息子・進(山田哲平)の家庭教師として、ひとみを雇い入れてもらう。進は小学一年生なのだが、学校へも行かずわがままのし放題で、庭の錦鯉をつかまえて刺身にさせたりしている。ひとみも手を焼くのだが、ついに切れて、悪ガキの進を池に叩き込む。
そのせいで、かえってひとみと進とは心が通い始めるのだが、気がつくと、いつの間にか二人は誘拐されたことになっていて(ここが面白い)、自分が犯人にされたひとみは、真の誘拐犯の親玉・白木(河原崎次郎)から少年を守りながら、逃げ続ける。この白木、化け物のような奴で、ターミネーターのように何度倒しても復活しながら、執拗に小泉たちを追い続ける。
こうやってストーリーを校いてしまうと、シンプルな話に見えるのだが、監督が『櫻の園』の中原俊、脚本は早くに亡くなった才人・斎藤博ということで、一筋縄では行かない。冒頭、新宿副都心の夜景が見える部屋で、ひとみがローソクに火を点し(電気が止められた)、アジの干物を食べているシーンの情緒とか、ダボダボのズボンにサングラスという不良の服装で歩くひとみの似合いぶりとか、文章にしにくい雰囲気が、よくできているのだ。
本作の特徴は、ひとみ・加島・進が、いずれも孤児である、という設定になっていることだ。人を信じない孤独な者が人に利用されていく寒々しさが、全編にあふれている。
「世の中、利用する奴と利用される奴しかいない」と、加島は言う。ゲームのコマのように扱われながら、闘う孤独な者同志のふれ合いが、ごくストイックに描き出されている。三人は、あたかも新しい家族を作ろうとしているようだ。
小泉の知り合いとして出てくるのが、『狂い咲きサンダーロード』の山田辰夫で、後にはテレビのCMでよき父親もやっているが、ここでは持ち役のチンピラを好演している。少年の腹違いの姉は森下愛子。これも不良役の似合う人だ。小泉も含めて寒々とした人びとを、映画は全編、突き放した描写で見せ、きりっとした雰囲気を出している。
ヒーローとは厳密には違うのだが、不良映画の収穫に上げていいだろう。
*石橋凌――元・ロックバンドARBのメンバー。松田優作に見出され、役者の道を進み、バンドを解散する。
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