第四節の1 『V・マドンナ大戦争』

『V・マドンナ大戦争』(八五)松竹富士


 乱歩賞作家にもなった野沢尚の、脚本家としてのデビュー作。脚本の新人賞である城戸賞準入賞を獲得した脚本を、筒井康隆の『ウイークエンド・シャッフル』を映画化したことで知られる中村幻児が監督、後にバイオレンス映画の一牙城を築く奥山和由が製作した。いや、そういうひとことで片づけていいのかどうか分からないが、ワタクシ的には、奥山和由と言えば、この映画や『いつかギラギラする日』の人なのだ。ちなみに最近では、大林宣彦監督の遺作『海辺の映画館 キネマの玉手箱』もプロデュースしている。

 ストーリー自体は、非常にシンプルなものだ。というか、『七人の侍』をそのまんま、学園物にしたものなのである。脚本の第一稿を読むと、かなりコミカルな戦争ごっこにしか読めない。この表現には偏見があるかもしれないが、出来上がった映画は、コミカルさを絞り、青春映画のテイストは残しながら、初稿よりかなりバイオレントになっている。

 平和な希望ヶ丘高校に、半年に一度、柳生高校のバイク軍団が来襲して暴虐の限りを尽くし、生徒会費三百万を強奪していく。暴力と虐待が学園を荒廃させる。

 にも関わらず、事なかれ主義の生徒たちは何もしない。初稿には学校側の事なかれ主義も書いてあるが、映像には教師は一切登場せず、学生対学生の戦いに絞っている。自らも軟弱な生徒会長の石岡英(中村繁之*)は、妹・里未(斎藤こず恵*)の助言に従って、用心棒を雇うことにした。それが、バイクを乗りこなす颯爽たる少女・阿川冴香(宇沙美ゆかり*)だった。ここでも「守られる弱い女」「ヒーローたる男」の図式は、完全に逆転している。

 冴香は少数精鋭によるゲリラ戦を提唱し、映画のスタントマン・ジャック(村上里佳子 現・RICAKO)、クレイジーな花火屋の娘・ゴゼン(黒羽まゆみ)、女子プロレスの悪役レスラー・カクダン(ソフィー)を雇う。そこに、希望ヶ丘高校を退学になったスケバン、カミソリマキ(速川麻樹)が参加する。このマキと冴香は、メンバーに加えるかどうかをタイマン勝負で決めるという正統なシークエンスがある。更に、柳生高校の生徒相手に売春をしていたコマチ(渡辺祐子)と、中村繁之の妹でパソコンおたくの里未が加わり、七人が揃う。

 この作戦に批判的な生徒会副会長・白石ひとみ(今野りえ*)が、「たかが女に何ができるの」とツッコむと、冴香は答える。「たかが女? どうして自分を卑下するのかな」。

 冴香の目的は、まさに「たかが女にやられたという屈辱感」を与えて、敵を戦意喪失させることにある。最初の作戦は成功し、七人と、彼女たちに特訓を受けた生徒たちは柳生を撃退する。だが柳生の背後には、悪の権化「豹の目」(蜷川有紀*)が控えていた。作戦を映すモニタの隅に、心霊写真のように映る登場シーンからして、無気味である。

 豹の目は、南関東で最大の暴走族のリーダーだ。配下の男子学生を平手打ちにする際、まず、ひとりを這いつくばらせて、それを踏み台にして相手と背を並べる、といった描写が光る。

 柳生の反撃が始まり、七人は闇討ちで凄惨なリンチに会う。そこにユーモアはない。コマチは「土手焼き」*にされる。

 更に、マキを人質に取って身代金を要求した豹の目は、それでも飽きたらず、希望ヶ丘高校を潰しにかかる。が、その本心は、冴香との対決にあった。冴香は、以前に痛めつけられたことがあり(そのとき仲間が殺された)、しかし豹の目は彼女をかわいいと思い、服従させようとしていたのだ。彼女が冴香にキスするシーンは、ぞっとする妖艶さがある。

 そこでようやく、石岡も抵抗する気になり、立ち直ったマドンナたちも駆けつけて、夜の学校で、バイクと肉弾戦の激しいクライマックスとなる。

 この映画では、宇佐美ゆかり、村上里佳子などのアイドルが、生々しい戦闘を繰り広げるのも見ものである。さすがに吹き替えなし、ということもないだろうが、全篇本人たちが闘っているように見える出来映えだ。

 少女達が、生身で戦う*(ように見える)ということは、肉体的なリアリティを持つ。しかも、宇沙美ゆかりのコスチュームは、有名なSMショップから借りたというボンデージルックで、ある種、禍々しい。更に、先に述べたような、あるいはSM的な、あるいはレズ的なシーンが、映画を引き締めている。ポルノの名監督でもある中村幻児監督の本領発揮という所だろう。

 初稿では、豹の目を叩きのめした七人と生徒会の面々が、警察につかまって、それでもにこにこしている、という落ちなのだが、映像では、バイクとの激突によって豹の目は車ごと炎上する……という所で目が覚めてみると、それは石岡の夢であり、マドンナたちも不良たちも、同じ教室の生徒なのである。そこへ、冴香が転校してきて、夢の中で言う豹の目が、意味ありげな目で見る、これから何が起こるのか……という終わり方になっている。

 この夢落ちになっているところが、公開当時、非常に不評だったのだが、そうでなければ、バスケットのボールなどで戦う「ごっこ遊び」的な部分や、逆に蜷川有紀の車が爆発するシーンが、すべて現実のものとなってしまうのだ。それは、作品を矮小化させる。

 遊びとも見える部分と、凄惨な戦いとの部分が渾然としたスリル、生身の迫力をファンタジイの衣でくるんだこの演出に、私は賛成する。少女ヒーローとは、存在自体がファンタスティックなものだからだ。


*中村繁之――ジャニーズ出身の俳優。身体能力の高さでも知られる。

*斎藤こずえ――NHK朝のテレビ小説『鳩子の海』でデビューした、元・子役の女優。

*宇佐美ゆかり――偶然にも、筆者が住む沖縄県浦添市出身のアイドル。本作の公開直後に帰沖し、その後の消息は不明。

*今野りえ――少女ヒーローの世界を支えた、代表的な役者。今後も登場する。

*蜷川有紀――演出家・蜷川幸雄の娘。ぞっとするような美女。

*「土手焼き」――リンチの一種。女性の陰部を火で焼く。

*生身で戦う――ごく最近、映画史研究家の春日太一が、プロデューサーの奥山和由にインタビューした『黙示録』によれば、実際、村上里佳子は身体能力が高く、それを取り巻くようにして、アクションの出来る少女たちをキャスティングしたそうだ。


(この節、続く)

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