第二節の4 『スケバン刑事Ⅲ』
●二節の三/『スケバン刑事Ⅲ』(八六年一〇月~八七年一〇月)東映・フジテレビ
刑事物、任侠もの、と札を出してきた東映が、次にやるものといえばこれはもう、時代劇しかないわけで、『Ⅲ』は時代劇、それも、東映得意の伝奇時代劇になった。
物語は伝説の秘宝を守る、三代目スケバン刑事・風間唯(浅香唯)を中心とする風魔忍者群と、それを狙う果心居士一派との戦いに絞って、映像もドラマも、ダイナミックに描いており、非常に満足感が強かった。忍者の群が戦うシーンがたびたび描かれ、集団戦の趣を呈している。
といっても、それは後からの話である。
本放映で見たとき、第一話が、映画『宮本武蔵』と『姿三四郎』の、あまりにも露骨な引き写しだったのには意気消沈した。また今回は忍者一族の、いわばプロとプロの戦いである。ヒーロー像としては古典的すぎる。大きく後退したのではないか、と思ったのだった。事実、原作者・和田慎二はそのことに激怒して*、『Ⅲ』は見なかったそうだ。
しかし、それでも(好きだから)見ているうちに、これはこれで、興味ある試みを行っている、ということに気づき始めたのだった。
一つは、大河時代劇を見ていない若い世代に、そういうドラマのエッセンスを提示しているということだ。私たちであれば、吉川英治は読まないまでも、日曜夜八時のNHK大河ドラマはたいてい見ていて、日本史の授業を受けていても、例えば『国盗り物語』*のキャスティングを思い出してしまったりする。明智光秀が出てくれば近藤正臣とか。そのせいで、歴史の成績は良かったりするのだが、これは意図せざる功名と呼ばれるべきものだろう。『スケバン刑事Ⅲ』は、原典を時代小説や講談に採ることで、そうした素養に触れさせることができるのではないか。放映当時に、私はそう思ったわけだ。
いま思うと、この考え方はやや大仰ではあるが、文化というのは、こういう娯楽作品によって継承されるのだ、という考えを私は捨てていない。
もう一つ、更に大仰なのだが……。
『スケバン刑事Ⅲ』が行った試みは、その家族像の描出にある。
この作品で扱われているテーマは、八〇年代のある時期、群発的に発生した「家族の再構成」という問題なのである。
風間小太郎(伊藤敏八)と、娘の結花(大西結花)、由真(中村由真)で構成されていた家に、ある日、見知らぬ妹・唯*がやってくる。しかも父は死んでしまい、唯と姉たちとをつなぐ絆はない。こうして物語は、家族の崩壊から始まる。その中で、いかにして彼女らが、血縁関係に頼るのではない新しい姉妹関係、新しい家族を作っていくか、というのが、この作品の骨格なのだ。姉たちは父親の記憶を妹に与え、三人姉妹での戦いは、互いの絆を深めていく。こうして彼女らは、「ほんとうの姉妹」になるのだ。
八〇年代後半には、こうした「家族の再構成」を描いた佳作ドラマが何本も出ている。独身主義のプレイボーイ・田村正和の元へ、三人の、娘と名乗る子どもが転がり込み、いやでも家族をやらねばならなくなる『パパはニュースキャスター』(八七)、超年上の林隆三と再婚した斎藤由貴が、ばらばらな家族をまとめようと奮戦する『あまえないでョ!』(八七)、東芝日曜劇場で、単発で放映されたドラマ『お正月家族』(八七)は、様々な年代の赤の他人同士が知り合い、一日だけ、住宅展示場のモデルハウスで家族として生活することで、家族とは何かを問い直すものだった。
大それた話になるが、テレビの中での家庭・家族=共同体像を、簡単に見てみよう。
かつて、六〇年代のホームドラマ全盛期には、「家」というものは不変であり、どんな事件が起こっても、最後は家に帰ってご飯を食べれば無事平穏なものだった。
それが、七〇年代に入ると揺らいでくる。当時のテレビドラマをリードした脚本家、倉本聰や山田太一、市川森一といった人々は、主に、家庭または共同体の崩壊を描くことで、注目を集めた。倉本聰ならば『6羽のかもめ』(七四~七五)*、山田太一なら『岸辺のアルバム』(七七)*、市川森一は『君はまだ歌っているか』(八一)*、といったところだろうか。
しかし、これらはまだ、崩壊のみが描かれ、それがどのような未来を目指すべきかは描かれていなかった。結局、倉本聰は、北海道に自分自身の「帰属すべき場所」を見つけてしまい、山田太一は『岸辺のアルバム』でも、あるいは『不ぞろいの林檎たち』(八三)でも、「やっぱり家は家」のような線に収まってしまう。だが、少し後に活躍した市川森一は、クリスチャン的立場から「約束の土地」を求め、『淋しいのはお前だけじゃない』(八二)*で、ついに、互いに対等な小集団の再構成へとたどりついた。
八〇年代のテレビドラマは、この「再構成」と、複数の人間を対等に描く試みがなされたのが特徴と言っていいと思う。前述した『乳姉妹』や『ポニーテールはふりむかない』も、その対等性、集団としての再結成において、時代にマッチしたドラマだったのだ。あるいはまた、この時期に高い視聴率を得た、鎌田敏夫の『金曜日の妻たちへ』も、実はこのような意識を前提としたドラマだった。中でも、その第二作『男たちよ、元気かい』(八四)は、むかし恋人同士だった高橋恵子と小西博之が再会することで、双方の家庭が崩壊し、最後には全く新しい人生が始まってしまうという、過激なものだった。
筆をすべらせておくと、この時期には、久々のNHK人形劇として『ひげよさらば』(八四)が作られたが、昔の『ひょっこりひょうたん島』が、賢い者(博士)と愚かで事件を起こす者(トラヒゲ)の役割がはっきりしていたのに対し、ここでは皆等しく愚かで等しく知恵を働かせる猫たちが、群像として動く対等性を維持している。中盤から路線変更するのだが……。
八〇年代半ばのテレビドラマは、現実の社会でも崩壊しつつあった家族を、血縁とか利益集団とかではなく、新しい共同体として再構成する試みを為していた。『Ⅲ』を私が高く評価するのも、それが、家族の再構成の物語だったからなのだ。
このように、本来は単純な娯楽作品であっていい『Ⅲ』は、時代が持つ社会のテーマに、深く入り込んでいったのだった。
私が、少女ヒーロー作品を高く評価する理由は、それがきわめて社会性の高いドラマだったからなのである。少なくともこのとき、テレビの娯楽番組は、社会に向き合って、その崩壊をくい止めようとしていたのだ。
ただし、このような私の見方が、かなり偏ったものであることは、事実だと思う。そこまで七面倒くさく、大げさに語るべきものかどうか、私は今も、迷っている。
だが、娯楽作品が社会を反映しないのならば、それはもう古典芸能として衰退することは明らかなのである。
『Ⅲ』は、アクション面でもずいぶん向上していた。何しろ浅香唯は前転ができる。そのせいか、前転してヨーヨーを繰り出すアクションが採り入れられ、小柄で動きの機敏な浅香唯を中心に、折り鶴を飛ばす大西結花とリリアン*を武器にする中村由真も、かなりがんばっている。よって、生身感が強い。
また、サキに指令を伝える役として、般若(萩原流行)と、配下の礼亜(福永恵規)が学校におり、いずれも印象的だ。『Ⅱ』の連絡役・西脇(蟹江敬三)も、その二面性がよかったのだが、萩原流行は今もそうだが怪演に近く、福永恵規は知的な風貌がよかった。
そして、果心居士の直属としてサキと戦う頭領は、幼女の姿をした翔である。演じているのは林美穂*。『Ⅰ』で斎藤由貴の子ども時代を演じている。これがお雛様のような格好をして、大人びたセリフを話す悪役ぶりは、身体と演技のアクロバットとしてぞくぞくする。
この翔が、年齢を止められたサキの姉である、という姉妹の対決であることも、重視すべきだろう。少女ヒーローは、基本的には少女の対決なのだ、と思わされる。
ラストでも、果心居士との対決は、少女同士の画にされており、その徹底ぶりに私はうなったものだった。このとき、果心居士を演じたのは、次に紹介する映画『スケバン刑事』でデビューした小林亜也子*である。
こうして『スケバン刑事』は、みごとに完結した。次節からは、その劇場版、また、そこから派生した番組について、語っていきたい。
【注】
*激怒して──メディアファクトリー版『スケバン刑事』一〇巻によれば「忍者だとーっ!? ただのスケバンが強い敵を倒すのが『スケバン刑事』の面白さだ スーパーヒーローものがやりたきゃ他でやれーっ」とある。
*『国盗り物語』――NHK大河ドラマの代表作。戦国時代を舞台にして、織田信長(高橋英樹)、豊臣秀吉(火野正平)などが活躍する波瀾万丈の物語。原作・司馬遼太郎。
*唯―― 一説では、唯、結花、由真の、三人の「ゆ」で始まる名前の三人がオーディションで残ったため、三姉妹というアイディアが出た、とも言われている。
*『6羽のかもめ』――世情に翻弄される、小劇団の六人を描いたドラマ。
*『岸辺のアルバム』――ある一家の崩壊を、多摩川洪水と重ねた作品。
*『君はまだ歌っているか』――流行りつつあるバンドが、メンバーのひとりのいいかげんさによって崩壊してしまうドラマ。
*『淋しいのはお前だけじゃない』――サラ金の取り立てに疲れた人びとが、小劇団のメンバーになりながら、最後には団結して、サラ金の社長(財津一郎)と闘う物語。
*リリアン――小さな筒の突起に糸を引っかけて、紐を編む道具。そんなものが武器になるのか、とはいまさら訊かないでいただきたい。リリアンのどこが面白いのか、も。
*林美穂――フジ日曜朝の『勝手に!カミタマン』(八五~八六)で、主役の妹を演じ、話題となった。後に、土曜ワイド劇場『タクシードライバーの推理日誌』シリーズで、主役・渡瀬恒彦の娘を長年、演じ続けた。
*小林亜也子――映画『スケバン刑事』のオーディションでデビューした少女。
(この節、続く)
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