第一節の6 「ポニーテールはふり向かない」

 八五年、大映テレビ=TBSが土曜枠で放映した『ポニーテールはふり向かない』で、松村・伊藤コンビは、ついに堂々の主役を張ることになる。原作は喜多嶋隆氏による少女小説だ。

 横須賀を舞台にして、少年院帰りの陽気な少女・麻生未記(伊藤かずえ)が、実直なピアニスト・田丸晃(松村雄基)の助けを借りて、バンド結成を夢みて奮闘するこのドラマは、意識的に、陽性な雰囲気で作られている。

 そこに、カタギになろうとする未記と対立する不良グループなど、さまざまな妨害が入るのだが、何しろ未記は、とにかく暇さえあればドラムのスティックを持って、その辺の手すりや何かを叩いて練習しており(そんなんでほんとうに練習になるんでしょうか)、ケンカのときも、ドラムスティックで相手を叩きのめすという(ほんとうです……)女の子である。スティックを取られると、突然弱くなる。これを強引に説得してしまうから、大映テレビはこたえられない。

 ちなみに八七年の大映テレビ作品『プロゴルファー祈子』では、ゴルフがきっかけで不良になった祈子(安永亜衣)が武器として使うのは、ゴルフクラブの五番アイアンである(ときには、そのクラブで打ったボールになることもある)。破壊力にリアリティはあるのだが、かえって物足りない。それなら単なる粗暴犯ではないか。

 ただし、大映テレビらしいフォローはしている。彼女がゴルフクラブでケンカの相手を殴っていると、坊ちゃん役の風見慎吾(現・しんご)が現われ、切々と諭すのだ。

「祈子ちゃん。五番アイアンは、人を殴るためにあるんじゃないんだよ」

 いや、わざわざ言わなくても、殆どの人間は知っていると思うが。


 話を戻そう。バンドを作るために不良と戦いながら(ここが大映テレビ)、未記はがんばるのだが、そこに、彼女を金で物にしようとする御曹子・名倉邦男(鶴見辰吾)がまた絡む。先に書いた「あたしだってお金は欲しいよ」云々のセリフは、彼に向かって吐かれたものだ。

 本放送のときから気になっていたのだが、このドラマでの鶴見辰吾は、例えばジャンル男優の華・沖雅也のような、妙な芝居をしている。もともとこの人は子役出身で、その境遇にありがちな、いかにしておとなの役者になるか、に悩んでいた節があるのだが、この作品以来、妙な演技の脇役としての地位を固め、いまではりっぱなベテラン役者だ。めでたい。

 それはいいのだが、未記は、人柄に惚れ込むと、とにかくバンドに引っぱり込んでしまうという習性? を持っている。そのため、このバンドは、総勢八人というビッグバンドになってしまうのだった。ちなみにこの頃、米米CLUB*はメジャーデビューした前後だった。

 しかしまあ、これもやはり、「集団劇」の一つの形だったと言える。人間同士のつながりによって生まれる集団、という八〇年代ドラマの、提示だったのだろう。

 それが、大映テレビでなければ考えもしないであろう、名? エピソードとなって現われたのが、「命がけの初ライブ」(脚本・佐伯俊道、田渕久美子、監督・江崎実生)である。こんなドラマ、他に作れる所はないだろうし、作ろうとも思わないだろう。


 ……未記の率いるバンドは、とにかく気に入った人なら誰でも連れてくるので、ギター、ベース、ドラム、キーボード、サックスに女性ヴォーカルが二人の計七人にふくれ上がっていた。しかも、不良仲間だったゆかり(比企理恵)以下、三人の親衛隊までいるのである。にもかかわらず、未記は更にメンバーを入れようとする。ルックスと「蜂蜜のように甘い声」で人気のあった、脇田克己(野々村真・当時誠)である。実際にではなく、そういう設定なのだ。

 しかし克己は、今は歌手を止めていた。理由は、女である。しかも、その女というのが、やくざの組長の一人娘で、そのため彼はやくざに追い回されていたのだ。とっつかまって、日本刀で斬られそうにまでなりながら、克己は彼女を諦めきれず、女装して(!)マンションに忍び込み、密会するのであった。

 しかし彼女は、克己をこれ以上危険な目に遭わせまいと、敵対するやくざの組長の息子との結婚を決意していた。そして、別れの前にもう一度だけ、克己の歌を聴きたいと言うのだ。

「最後にあなたのステージが見たい。私だけの」。

 それはいいのだが、そのステージというのが、彼女と組長息子の婚約と、二つの組の手打ち式が行われる氷川丸*の船上でなのだ。死にに来いと言っているようなもんです。

 だが克己は、彼女の純粋な(純粋すぎるとも言える)思いに答えるべく、手打ち式で歌おうと考え、未記に相談する。もちろんオーケーした未記は、さっそくバンドのメンバーを説得しまくる。やくざから恋人・矢崎妙子(片平なぎさ)を奪ってようやく足抜けしたベース・牧村聡(坂上忍)は(このバンドは何かの施設か)猛反対するが、未記の鉄壁の説得にかなうはずもなく、結局一同は、克己に協力する。さっそく氷川丸の下見に向かう一同。それはいいがこの人たちには、集団行動しないといけない、という固定観念があるようで、総勢十一人で、やくざが打ち合わせ中の氷川丸を見に行くのである。目立つことこの上ない。

 で、相談の結果、彼らは船で、見張りの手薄な背後から氷川丸に乗り込むことにする。夜の海を行くボート。ふつうなら分散して、とか考えると思うが、あくまで彼らは十一人揃って船に乗り、揃って縄ばしごで乗船し、あまつさえ、見張りのやくざが来ると、十一人がひとかたまりになって物陰に隠れるのだ(あくまでほんとう)。

 さて、船内ではパーティーの真っ最中。余興のバンドが演奏を終わる。と、灯りが一瞬消える。点いたときには、未記のバンド、ザ・バンデージ(と後に命名)はすでにセッティングを終えてステージ上にいるのである。もちろん、やくざ達は色めき立つ。と、未記が叫ぶ。

「待って下さい、私の話をきいて下さい!」。

 何を言うのか。

「一つの恋が、ありました。切なく哀しい恋でした……」。

 こうして、婚約者の、しかもやくざの前で、相手の娘に元カレがいたことを思いっきりばらしてしまった未記は、一曲、別れの歌を歌わせてくれ、と満場のやくざを説得するのだ。ここが大映テレビ、主人公の説得には誰もかなわない。かくて演奏が始まる。そして、克己が歌い始めた瞬間、テレビの前で、私は思ったのだった。ああ、別れてよかったんだなあ、と。吹き替えなしで歌う野々村真は潔いが、蜂蜜のように甘い声というよりは、蜂蜜で手がべとべとしているような、歌唱力なのであった。

 野々村真本人には、なんの罪もないのだが*。


 ただし、はっきりさせておきたいのは、大映テレビは、そしてこの頃の少女ヒーロードラマは、こういう話を、大まじめにやっていた、ということだ。だからこそ、私たちのハートをつかんだのである。照れたら、おしまいなのだ。

 二〇〇〇年、『ルーズソックス刑事』というドラマがあった。女子中学生が、警視総監の孫だから、という理由で、警察手帳を持ち、捜査に当たるという設定である。

 さほど理不尽な設定ではないが、それはまあいい。問題は、彼女が推理でひらめいたとき、後ろに極彩色のライトが当たるのだが、それを見た相棒の刑事が、なんだこれは? という感じできょときょとするのである。つまり、ギャグだ、という「言い訳」なのだ。実は、今回見返してみると、その描写は第一話だけであり、そこまで言うほど誇張されたわざとらしさでもなかったのだが、ドラマとしての「覚悟」は、やはり違う(この辺は、後の章で語る)。

『不良少女とよばれて』の、伊藤麻衣子が「変身」するときの演出と比べていただきたい。こういうものは、照れてはいけないのだ。

 どうしても、インテリは自虐的な作劇をしてしまう。アニメの中で、「そんなアニメみたいな」、とか言わせてしまったりする例は、不毛なので調べはしないが。

 それは人間、誰しも賢くは見られたい。私だってそうだ。しかし、例えば、素人が照れながらやる物まねほど、見ていて見苦しいものはないとは思わないだろうか。

 ハンパな言い訳は、しょせん、大まじめなバカには勝てないのだ。


 さて、大映テレビが先鞭をつけた、TBSの不良ものは、それだけでは終わらず、根っから不良の(って失礼か)東映に、火をつけてしまったのだった。

 それが、伝説の作品、『スケバン刑事』である。


*五番アイアン──この、五番アイアンを武器にするのは、拙著『メイド刑事』のクイックル・ワイパーのルーツではないか、というご指摘を、津原泰水さんに受けたが、残念ながら偶然です。

*米米CLUB──伝説のファンクバンド。メジャーデビューは八五年なので、かぶっていないとも言い切れない。人数の多さで知られる。時期によって違うのだが、九人以上の時もあった。

*氷川丸──昭和初期から運行された旅客船。六一年、横浜港山下公園に係留されて、海上ユースホステルとして開業した。

*野々村真は──大映テレビには、それが歌手役なら自分で歌わねばならない、という不文律があるらしい。


(この節、終わり)

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