第二章 戦う少女たち 一節の1 男性ヒーローから少女ヒーローへ
その後、二一世紀になって、ヒーロー番組の地位は変わった。
かつては「お子様番組」と侮蔑され、主演俳優は出演歴を隠さなければ、普通のドラマには出演できないという差別が、不文律のように存在していた。
しかし、いまは違う。『仮面ライダー』での主演歴を忌避した藤岡弘、(当時藤岡弘)、佐々木剛、宮内洋らが初めて特撮ヒーロー番組での回想を語り、ヒーローものの主題歌で一世を風靡した水木一郎も、表舞台に立っている。また、『仮面ライダークウガ』のオダギリジョーを初めとして*、ライダー、戦隊は若手役者の登竜門へと姿を変えた。
過去を否定せずに生きられるのはいいことだ。人間、ある年代になったら、何かの形で過去との折り合いをつけなければ、ほんとうの大人にはなれない。特にヒーローを演じた方々は、今の子どもたちにも生きる財産として、過去を誇って欲しいし、そういう社会であって欲しい。
しかしながら、今、彼らが昔のままに真っ向から正義を語り、唱うことに、どれだけの効果があるのかは、疑問がないでもない。
すでに八〇年代初頭には、ヒーロー番組でもすでに「正義」という前提が説得力を失っていた。それはたぶん、時代の波によるものだったのではないか、と思うのだ。
八〇年代がどういう時代だったのかは、まだ検証され尽くしてはいないし、こういう本でまっとうに語るには重すぎるのだが、あくまで私個人の狭い見聞と感想から言うと、「すべてのものがお金で買える時代になった」、という気がする。
例えばちょうどこの頃、私は学校を卒業して、大学生協のレジ打ちのパートを始めたのだが(就職活動に失敗した)、当時はコープブランドという、生協が独自開発した、学生向けの安価な生活用品があった。電気ポット(いまで言う電気ケトルの、保温機能がないもの)やオーブントースターといった、日用品である。
それが八〇年代の半ばを境に消えていった。通称・バブル景気の始まりである。大学生のアパートも高級になったし、入学当初から電話を持つようになった*。二一世紀に入ったいまでは、スマホのない大学生などないだろう。まあ、単に私が貧乏人だった、というだけのことかもしれないが、自分の周りで、そういう変化を感じていた。
その雰囲気と符合するかのように、テレビや映画では、七〇年代学生運動の挫折感、社会への反発という思想が薄れて行った気がするのだ。これはまちがいないんじゃないかと思う。映像、あるいは文芸は、「商品」と見られるようになってきた。
これはもう、二一世紀の今では明らかである。アニメファン、ライトノベルファンなどの言動を見ていると、もちろん全員がそうではないが、作品に求めているのは「商品価値」であり、作品は「俺の物」だ。その中に込められた作者の思いは、時として拒絶されることをひしひしと感じる。作り手は「しょせん金儲けしか考えてない連中」で、作家としては蔑まれることも、しばしば、ある。
これはTVアニメ『吸血姫美夕』に参加してよく分かった。ある回で作業工程のミスから画質が荒れたとき、ネットの美夕関連の掲示板では「LDで直して儲けるつもりか」「消費者をなめるな!」などの罵声が飛び交い、私は神経質なので、かなりのストレスを感じた。平野俊貴*監督は大人なので、「テレビアニメ作ってるんだから、テレビで一番良く見えるように作りたいに決まっているじゃないか」と苦笑しただけだったが。
閑話休題。そういう価値観の先駆けで八〇年代に表に出てきたのは、「本音」という観念だ。何でも本音で語られなければ信じられない、というだけならまだしも、お前の言ってることはしょせん建て前で、本音は生臭いもんなんだろう、という、決めつけにも近い感情である。
決して悪い作品だとは思わないのだが、『機動戦士ガンダム』(七九~八〇)などは、そういう気分を表わした先駆けと言っていいような気がする。このアニメが放映されたとき、多くの人が、「やっと僕たちのアニメが生まれた」、と感じたという。それまでのロボットアニメでは、ヒーローが主人公だった。悩みはあってもそれは闘いの中でのことで、日常やら家庭のことやらでうじうじ悩んだり反抗したり、というのは、ほぼいなかった。それがいつしか、嘘っぽく感じられるようになっていたらしい。いや、そもそもヒーローとは虚構の産物で、憧れや理想の対象だったのだが、それでは満足できない、本音で共感できる主人公が欲しかったのだろう。
現在、アニメについて語るには、『新世紀エヴァンゲリオン』を避けては通れないのだが、私は正直、『エヴァ』については三、四話ぐらい(うち一回はそれこそ「伝説」の最終話)しか見ていないので、うかつには語れない。これは私の弱点だ。しかし、この本はヒーロー番組の本なので、ご容赦いただきたい。
話を戻して、その『ガンダム』について、だろう、らしい、で校くのは、私にはまったく実感できない感情だからだ。かっこつけるわけではなく、ワタクシは、何より自分が格別にうじうじした人間なのだから、ドラマでまで、それを見せつけられたくないのだ。
しかし、それは私の感慨に過ぎない。本音を語りたい、また見たい、という欲求は、時代が必要としたものなのだろう。それを否定しきる気は、ない。
ただ、どうしてもわだかまりがあるのは、『ガンダム』がどうというのではなくて、この時代に作られた映像作品では、その本音とやらが、多くの場合、単なる欲望とか恨み辛みに過ぎなかったんじゃないか、ということなのだ。金とか性とかいう生々しい欲望、いっときの刹那的な感情を、あからさまに口に出すのが恥ずかしくない、それが人間らしい、と思われるようになってきた――そういう感覚が、どうしても抜けきれないのだ。
そういう時代には、それまでの、「正義」を根本としたヒーロー像は成立しがたい。特に、男の子が「軟弱」(悪い意味には限らないが)になってしまうと、ヒーローは空々しくなってしまう。振り返ってみると、八〇年代を代表するヒーロー特撮に『宇宙刑事』シリーズがあるが、これも、正義ではなく「強さは愛だ」、と言ってみたりしている。そう言えばこの近辺、アニメ映画も「愛」を振りかざすようになっていた*。あるいは宇宙刑事という存在も、宇宙警察機構という一組織の刑事であることを前提とするなど、設定に苦労している。
そういうのを私はある種、軟弱なものと思って見ていた。そもそも「愛」なんて、ごく個人的感情ではないか。気張って言うことじゃない、と思っていた。
しかしそんなとき、一連の、少女が戦うドラマが現われたのだ。
彼女らは、何を語っていたか。
『ポニーテールはふりむかない』で、買収されそうになったヒロイン、伊藤かずえは叫んだ。
「あたしだってお金は欲しいよ。だけどね、人間、やせ我慢をなくしたらおしまいだよ!」
『スケバン刑事』の斉藤由貴は、悪人を目の前にして宣言する。
「スケバンまで張ったこの麻宮サキが、何の因果か落ちぶれて、今じゃマッポ*の手先。笑いたければ笑うがいいさ。だがな、てめえらのような薄汚い悪党を見逃すほど、魂まで汚れちゃいないぜ!」
これらは、本音の時代に現われたクロスカウンター*である。「お前だって金は欲しいだろう」「お前なんかただのスケバンじゃないか」という、『本音』攻撃を一応は受け止めた上で、「だがな」、とそれを超える正論の理念をぶつけるのだ。
物欲の否定、不正への怒り。こうしたストイックな理念は、本来、男性ヒーローが担っていたものだ。だが、大義名分が崩れたとき、その使命は、少女が肩代わりした。そして前章にも述べた、薬師丸ひろ子や原田知世が示したような、硬い表情と性を感じさせない未成熟な身体、それが生む抽象性が理念を支え、ストイシズムを体現したのだ。
これが少女ヒーローの生まれた理由である。現実に存在しないヒーローは、現実には存在しない「少女」という概念によって、再び描き出されたのだ。
これに魅せられて、私は少女ヒーローを愛し、それこそが少女像の究極だと思うようになったのだった。
少女ヒーロー、と私が厳密に規定する作品群は、狭義には、八四年の『不良少女とよばれて』に始まる一連の大映テレビ作品、八五年から始まった『スケバン刑事』と派生した少女戦闘ドラマ、そして、この時期に生まれた劇場用映画の何本かである。
それらを、たどってみよう。
*オダギリジョー ── 一時期、『クウガ』への出演(というか主演)をないものにしたがっている、と言う噂が流れたが、所属プロダクション、鈍牛倶楽部のサイトを見ると、特に隠されてはいない。
*入学当初から電話──バブル前の大学生は、就職活動を始めてから電話(いまで言う固定電話)を持つ人も少なくはなかった。
*平野俊樹監督── 『大空魔竜ガイキング』の原画からアニメーター歴が始まる、いまやアニメ界の重鎮。『戦え!イクサー1』『破邪大星ダンガイオー』など。
*アニメの『愛』──先駆けは、『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』(七八)辺りだろうが、硬派、出先統監督の『SPACE ADVENTURE コブラ』(八二年)でも愛がキーワードになっており、その意味はよく分からなかった。作品としては好きなのだが。
*マッポ──警察を表わす、ヤクザなどの隠語。主に関東で使われる。
(この節、終わり)
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