第五節の2 「プルシアンブルーの肖像」

 八六年、テレビでは少女ヒーロー映像隆盛のまっただ中、『セーラー服と機関銃』などを作ったキティ・フィルムの社長、多賀英典は、自らメガホンを取って、『プルシアンブルーの肖像』を撮る。

 最初この映画は、安全地帯が企画したホラー映画、という宣伝だったように記憶している。特撮がある、という情報があって観に行ったのだった。

 古来、制作会社の社長が自ら監督を担当した映画は、なぜか、きれいなだけで中身がない。角川春樹しかり、奥山和由(後述)版『RAMPO』しかり、ハワード・ヒューズしかり。この映画もまさにそうで、第一に、時間経過が分からない。何日間の話なのかも分からないぐらいだ。話も分からない。主人公と周囲の人びと、それぞれに常ならぬ物語があるのだが、その関連がつかめない。そのため、これから説明する話がうまく伝わるか、自信がない。DVDも買って、十回以上は見たのだが……。

 映画が始まると、冬の小学校で、小学生の恋愛と、悲劇との話が語られる。学校が古い建物なので、回想だとすぐに分かる。特撮も担当した大岡新一*の映像が美しいし、当時人気のあった子役・磯崎亜紀子の演じる菊井カズミがかわいい。これからいよいよ主演の玉置浩二の話になるのだな、と思っていると、場面が変わって現代の小学校の屋上。小学生・桐島冬花(高橋かおり*)が、風とお話をしている……。

 風とお話しする少女、というのは、はっきり言ってイタい。それはいいとしても(いや、よくない)、問題は、この能力が後でほとんど生きていない、ということだ。

 この超能力少女がどう話にからむのか、と思っていると、彼女が、同級生にいじめられていることが分かる。そこへ同級生の梅本春彦(長尾豪二郎)が、味方をするでもしないでもない感じで登場する。小学生の男の子だから、女の子を真っ向からはかばえない気持ちは分かる。

 そして、いじめられているところに、のそっと入って止めるだけの役目の、口のきけない用務員さん・萩原秋人が、玉置浩二なのである。

 以下、話は、冬花と春彦との淡い恋愛をずっと描く。つまりこの映画、安全地帯とほぼ関係のない、小学生のラブストーリーだったのだ。いくら少女映像ファンでも、いやファンだからこそ、小学生の恋愛には困った。私にはまったく分からない感覚なのだ。

 それと並行して、女教師・尾花(原田美枝子)が超常体験をしてから人格が変わるとか、担任・深見(村上弘明)が陰で生徒をいたぶっていた(性的にではなく、精神的にいじめる)とか、そういう話はからむのだが、どれが本筋なのか分からず、しかもその間に、冬花はタイヤの四角い自転車に春彦と二人で乗ったり、風船を飛ばしたりしている。そのときには、いじめがどっかへ行っている。秋人は、ひたすら怪しげに、ただうろついている。

 最終的に、全ての謎は、立入禁止の旧校舎にあることが分かり、それはカズミの霊が秋人を呼びたかっただけで、後のことはみんな、幽霊の「いたずら」だった(村上弘明の死も含めて!)……という解決になる。脚本の西岡琢也によるノヴェライズを読むと、一応のつじつまが合っているので、やはり監督に問題があったのだろう。

 そして、春彦は転校することになり、冬花との別れがあって、話は終わる。

 首を傾げていると、クレジットが始まる。そう。『時をかける少女』が始まるのだ。ただし、白一色のスタジオで、スポーティーな衣装を着た高橋かおりが、あまつさえ傘を持って、延々と踊りまくるのである。やりたかったのはそれなのか?

 高橋かおりが撮りたいのは、よく分かった。だが、『時をかける少女』のような手間と技術がない撮りっぱなしなので、なんともいえない気分になってくる。

 作家の視点、というものが技術として確立されていないと、小学生の恋愛で傘持って踊る映画ができてしまうのだ。併映のチェッカーズの映画*を観に来た、ほとんどが女性の客席は静まり返っていたが、別に感動していたわけではないと思う。

 ただ、映像はきれいだ。高橋かおりへの愛情もある。それが充分に表現できてはいないけれど、それらについては、なぜか許せるのだ。私もきっと、そういう映画は撮りたいと思う心がどこかにあって、反感を持てないのだ、と思う。

 この映画のビデオを、うちに来る友人に片っ端から見せてみた。みんな、あきれるのだが、「でも、なんか好きなんだなあ」、と言うのである。

 じゃあ、いいんじゃないか。


 ちなみに、原田美枝子は文句なしにいい。この人、『青春の殺人者』(七六)や『大地の子守歌』(七六)といった文芸映画の野心作で揉まれた、人一倍役者根性のありそうな人なのだが(自分の原案・製作でATG映画『ミスター・ミセス・ミス・ロンリー』(八〇。当時二二歳)を作っている)、特撮とかホラーとか言うと出てくる、不思議な人である。神代辰巳版の『地獄』、『帝都物語』、テレビだが小川範子主演の本格ホラー『魔夏少女』(第四章)etc.。

 あの『北の国から』に出てさえ、UFOに誘拐される役だ。みんな『北の国から』を観て素朴さに感動しているが、原田美枝子がUFOを目撃してさらわれる話が、三週も続いたのを覚えているだろうか。


 とにかく、こういう作品も、角川映画は生んだのだった。

 でも、やっぱり好きだ。万人には勧めないけれど。


*大岡新一 ――円谷プロ生え抜きのカメラマン、特撮監督。実写と特撮、両方の撮れる才人。一時期、円谷プロの社長も務めた。

*高橋かおり――大映テレビでは『ポニーテールはふりむかない』大林映画では『あした』(九五)などで知られる。

*チェッカーズの映画―― 『SONG FOR USA』。『戦国自衛隊』を撮った斎藤光正監督の青春映画で、デン・フィルム・エフェクトが特撮に協力していた。


(第一章、おわり)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る