第一節の3 その後の『本陣殺人事件』

 映画の好評を受けて、横溝作品は毎日放送(TBS系)でテレビ化された。

 この『横溝正史シリーズ』は出来がよく、『獄門島』などは、石坂浩二の映画版よりいいと言われるほどだ(後述)。スタッフも豪華で、『本陣』の監督は蔵原惟繕*だった。

 枚数が多いのに、遊んでいると怒られそうだが、Web版特典で付けておくと、『横溝正史シリーズ』第一シリーズの監督は、『犬神家の一族』が工藤栄一、『本陣殺人事件』が蔵原惟繕、『三つ首塔』が出目正伸、『悪魔が来りて笛を吹く』が鈴木英夫、『獄門島』が斎藤光正、『悪魔の手毬唄』が森一生である。お暇な方は、どういう人たちか調べてみて欲しい。

 さて、TVの『本陣』だが、作品自体にはそんなに乗れなかった。『横溝正史シリーズ』は、原作の長さに応じて話数を調節しており、『本陣』は三回という短さだったのだが(『悪魔の手毬唄』は六回)、それでもドラマが足りないため、原作にはない、鈴子の兄・一柳三郎(荻島真一)と母・糸子(淡島千景)との近親愛的な要素を付け加えている。それがたぶん、当時の私には気に入らなかったのだろう。原作原理主義というやつだ。若さとは、ときに硬直した形で現われる。

 しかし、鈴子を演じた西崎みどり(現・緑。*)は、よかった。『必殺』ファンならその美貌はご存じだろうが、何しろ日舞の家の出で、着物がよく似合う、日本人形のような鈴子だった。一家の主、賢造の婚礼の晩、鈴子が琴を弾いている所が初登場なのだが、突然琴を放り出し、「タマはかわいそう」……と脈絡もなく死んだ猫の話を始める。確かに原作に校かれた鈴子のイメージだった。ここでも鈴子は、そのエキセントリックな面が強調されている。

 ところが、これが最上の鈴子ではないのだ。

 八〇年代に二時間サスペンスのブームが来て、『横溝正史シリーズ』と同じ毎日放送、同じ古谷一行の金田一で、二時間シリーズが始まる。その第一弾が『本陣』なのである。

 不思議なことにこの作品、脚本までも、前のシリーズと同じ安倍徹郎*だった。そのため同じような脚色で、台詞も同じようなものが出てくる。ただ二時間枠に凝縮したせいか、印象は前よりずっと良かった。しかも作品はますます鈴子を描いていた。余談だが、この版で三郎を演じた本田博太郎は、片岡鶴太郎版『本陣』で、その兄・賢蔵を演じた。

 今回の鈴子は、牛原千恵*。おかっぱではなく、あまり美少女でもない。だが、そのはかなさや愛らしさが演出されると、これが鈴子だと思えるから、映像はおもしろい(監督は井上昭*)。「少女」とは、美少女の設定であっても、顔が美少女である必要はないのだ。

 西崎みどり版『本陣』は、水車の表わす因果の輪廻のイメージに収束するのだが、こちらの『本陣』は、鈴子で終わっている。原作にもない美しいラストシーンだ。

 一柳家での連続殺人は、解決した。しかしそれによって、家は滅びようとしている。空しさを感じつつ、金田一と久保銀造(下条正巳)が去ろうとすると、晩秋の夕暮れ、門の前に鈴子がしゃがんで、無心にお手玉をしている。金田一を見上げて、「おじさん、どこへ行くの?」「帰るんだよ、おうちに」「また来てね」。だが金田一は何も言えない。家は滅びるのだし、たとえ今度来たとしても鈴子はもう生きてはいないのだから。

 間があって、鈴子は手にしたお手玉を、「あげる」、と差し出す。「ありがとう」、と受け取り、行こうとする金田一。だが鈴子は、何を感じてかそのマントの裾にすがりつく。そこで金田一は、堪えかねて鈴子をぎゅっと抱きしめるのである。鈴子は無表情だが、頬に涙が一筋、流れる。

 田舎の駅のホームで銀造が呟く。「鈴ちゃん、あんなに強く抱きしめられたことはなかったんだろうなあ……」。ハッとする金田一。「いま、琴の音がしませんでしたか」「風だよ。風の音さ」。―― 一巻の終わり。

 ほとんど、主役の扱いではないか。

 二時間の枠の中で、たっぷりと間を取った余韻のあるシーンを、牛原千恵も、そして古谷一行も、堂々と演じている。

 ちなみに『本陣』は、先の通り、その後、片岡鶴太郎が金田一耕助のフジテレビ版でも映像化されている。鈴子は、小田茜*。しかし台詞などからして驕慢に近く、可憐というより、ただのわがままな娘になっているのである。脚本は耽美的な作家でもある岸田理生*なのだが、どうしたことだろう。横溝作品の映像で、気になっていることのひとつである。


『本陣』は、前回のATG版も加えて、結果的に少女を描いた映像となった。少女ヒーローの源流は角川映画にある、というのが私の考えだが、その第一作『犬神家の一族』を産んだのが『本陣』であり、それが実は少女映画、しかもジャンル映画だったことは、後々まで邦画界に影響を及ぼすのだった。



【注】

・蔵原惟繕――『キタキツネ物語』『青春の門』などの大作を撮った監督。特に八三年の『南極物語』(後述)は、配収五九億円の一位に輝き、この記録は九七年の『もののけ姫』まで破られなかった。

・西崎みどり――『宇宙戦艦ヤマト』の西崎義展プロデューサーの親戚で、日舞の家元。

・安倍徹郎――『必殺』シリーズなど、時代劇でもよく知られる脚本家。

・牛原千恵――父が映画監督の牛原陽一、祖父が同じく映画監督の牛原虚彦という、映画一家の出。主に八〇年代に活躍、その後結婚して引退した。

・井上昭――主に時代劇で活躍したベテラン。

・マント──正確には二重回しと呼ばれる和装。「トンビ」とも呼ばれる。

・小田茜──全日本国民的美少女コンテストのグランプリを受賞した女優。

・岸田理生――寺山修司に見出された劇作家。映像の脚本では、『1999年の夏休み』などがある。


(この節、終わり)

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