第一節の2 『本陣殺人事件』の2
第一章 第一節の2/映画『本陣殺人事件』
『本陣殺人事件』は、七四年に、脚本・監督/高林陽一で、ATG(アート・シアター・ギルド)で映画化された。
後に角川商法と呼ばれる映画と小説とのタイアップは、この頃から始まっていたようで、近所の書店にも、映画と小説を併記した大きなポスターが貼り出されていた。ただ、ATGというのは、低予算である代わりに、大手興業ルートでは実現しにくい個性的な企画の映画作りをする会社だった。日本映画の二本立ての二本目(この頃、少なくとも地方では、映画は二本立てがほとんどだった)の『裏』に当たる映画が、B級と呼ばれるが、それで予算がほぼ一億円(七〇年代の東宝)。ATGの映画は、一千万円レベルで、後に実際、一千万映画、というものも作られた。
それがどうして角川と……ということにもなるだろうが、この頃はまだ、映像における横溝正史ブームは始まっていなかったし(横溝正史の本*自体は、すでに百万部単位で売れていた)、映画でミステリ(当時の言葉では「推理小説」)と言えば先に触れた社会派が主流で、謎解きがメインの本格*を映画化するのは、かなりマニアックな行為だったのだ。ちなみに角川書店は、宣伝協力費として五〇万(五百万ではない)を拠出している。
横溝作品はたびたび映画化されているが、例えばトレンチコートにピストルを構えた二枚目(片岡千恵蔵など)だったりして、原作に近い金田一は、この『本陣』が初めてだった。予算の関係もあって舞台を現代にとったため、金田一を演じる中尾彬の服装は、ジーンズの上下のヒッピースタイルである。横溝正史は金田一役の中尾彬を、「さわやかだね」*と形容している。確かに当時の中尾彬はやせていたし、悪人面でもなかったが、それ以前の金田一耕助と比べると、初めて意匠の似た金田一だった、と言える。
現在では横溝正史研究も進み、私は片岡千恵蔵の金田一耕助映画に重要な意義を見出しているのだが、七〇年代では、そうした客観的な視点に導いてくれるものはなかったのだった。
この映画は、ATG作品でも「あまりの観客にドアがしまらないくらい*」ヒットした。これが角川春樹に、角川映画の第一弾を『犬神家の一族』にさせた一因なのではないかと思われる。『キネマ旬報』によれば、角川映画の第一作は、赤江瀑原作の『オイディプスの刃』になる予定で、フランスでのロケーションが終わっていた、と言う*。
もっとも小林信彦の『おかしな男 渥美清』(新潮社)によれば、角川春樹は、当初、自社で映画を作る気はなく、松竹に『八つ墓村』を託した。しかし橋本忍の脚本が大幅に遅れ、同時開催のフェアに間に合わないので、苦情を言ったところ、「本屋に日程を合わせられるか」とあしらわれ、自ら作ることになった、ともある。当時の映画会社と出版社との力関係が見てとれる。
さて、『本陣』に戻るが、映画は、夏の陽の中を歩く金田一耕助から始まる。事件が終わってしばらくした後、再び一柳家を訪ねよう、というところだ。そこへ、葬列がやって来る。掲げられたのは、鈴子の写真。そう、この映画は、鈴子から始まり、鈴子で終わるのだった。
実を言うと、『本陣』の機械トリックは、私には原作を読んでも簡単に頭に浮かばないほど複雑で、映像化されると必ずその絵解きがあるのだが、あまりうまい説明は見られない。ドラマのない説明の映像というのは、どうも扱いにくい所がある。そのせいか『本陣』が映像化される際には、どうしても鈴子の比重が高くなっている、と私には見えた。
この映画の鈴子を演じたのは、高沢順子。もともと、ややエキセントリックな印象のある人なのだが、映画の中でも、背が高いせいもあって、言動の子どもっぽさとのアンバランスさが強調されていた。可憐というより、奇異な感じではあった。
ただ、私がこの映画を観たのは、大学に入って東京へ出てきてからである。青森で公開されたはずだが、七四年、私は中一で、親に連れられずに映画を観に行ける*、ちょうどぎりぎりの境のところにあった。私が映像で鈴子を初めて見たのは、『犬神家』のヒットに乗って、毎日放送が一時間枠で作った、『横溝正史シリーズ』が最初だった。
*横溝正史の本──よく誤解されることで、映画『犬神家の一族』が公開されて、角川文庫の大ヒットにつながった、という人がいるのだが、『犬神家の一族』以前に、横溝正史の角川文庫は、売上一〇〇〇万部(100ではなく1000)を超えていた。
*本格――ミステリにおける「本格」とは、「本格的な」ということではなく、最初に大きな謎があって、論理的な推理が為され、論理的に、また意外な解決をする作風、作品を言うミステリ用語。反語として「変格ミステリ」というものもあって、横溝正史の作品で言うと「真珠郎」など、奇怪だったり、耽美的だったり、雰囲気重視で論理性を抑えたものである。
*「さわやかだね」――『横溝正史読本』(角川文庫)でのインタビューによる横溝正史の発言。インタビュアーは、ミステリ雑誌の編集長でもあった作家・小林信彦。
*ドアがしまらないくらい――横溝正史のエッセイ集『真説 金田一耕助』(角川文庫)より。
*『オイディプスの刃』―― 赤江瀑原作の、美青年がわらわら出る耽美的な小説。フランスロケの件は、『キネマ旬報』に出てくる。予定されていた監督は、後に角川映画で『野獣死すべし』を撮る、村川透。ずっと後、八六年に、「戦場のメリークリスマス」のカメラマン、成島東一郎の監督で角川映画になっている。
*親に連れられず──当時は、映画と学校は微妙な力関係にあり、映画館へ子どもが映画を観に行くのは、まあ、不良だったわけです。
(この節、続く)
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