9-2 お前はキングだが

 大学三年生らしいが、もう大学をあきらめたのだろうか。

 ヤックキングにはそれが二番目に心に引っかかっている。

 先日から配信に参加している神代契は、配信前の事前打ち合わせにどんな時間帯を指定しても断ることがない。今日、月曜日も昼間から打ち合わせに顔を出している。日頃なにをやってるんだ? ネットの噂では名の通った私立大学の学生らしい。ただ、最近キャンパスで見かけないという噂もチラと聞いた。ネット配信専業を目指しているのか? それなら納得できる。というか、自分が似たようなものだ。同じような稼業を目指しているのなら分からなくもない。ヤックキングに他人のことはとやかく言えない。

 一番心に引っかかるのは、神代契がどうやって未来を作り替えているか、だ。

 言葉で世の中を作り替える。甘っちょろい言葉で言えば、ヤックキングの「夢」だ。現実には他人への罵倒が悪臭を放っているけれども。

 ヤックキングが人間に対して言葉を発して認識と行動を変えようとしているのに、奴は現実を直接作り替えてしまう。それはヤックキングが考える言葉の概念を越えた「超夢」だ。奴はどうやって、それを手に入れたのか。他人ができるなら自分もやってみたい。他人が持っているオモチャが欲しいのは人間の常だ。当たり前じゃないか。いい子振る必要がどこにある?

 今日の打ち合わせのビデオ会議も、神代契はこざっぱりとした身なりと爽やかなスマイルで出来のいい好印象を振りまいている。放送開始時刻、神代契が入るタイミング、割り当てる時間。すべて滞りなく決まった。

 だがヤックキングには、もう一つ、聞きたいことがある。

「ちょっと聞きたいんだけどさぁ」

「何でしょう?」

 画面の向こうの神代契は悪く言えば間の抜けた返事をした。警戒されていない。これはいけるのではないか。

「あんたがさぁ、言葉で現実を作り替えるって言うの、あれ、どういう仕組みになってんの? 俺の配信でリスナーをつかんでるんだったらさぁ、そこの企業秘密を俺に明かしてくれてもいいんじゃねぇの?」

 神代契はスマイルをくずさない。

「それはお教えできませんね。一言で言える内容ではありません」

 この期に及んで爽やかな応対をしているのが、ヤックキングの気に障った。

「そうやってけむに巻く※、自分だけ得しようってのはずるいんじゃねぇの? あんた、自分の立場分かってる?」

「立場の違いをわきまえていないのはあなたじゃないですか?」

 神代契の声には、珍しくドスがきいていた。それは、ヤックキングには、相手が自分のフィールドに入ってくる合図のように思えた。ヤックキングは待った。

 神代契はニヤリと笑った。

「お前はキングだが、俺は神だ」

 ヤックキングはゴクリと唾を飲んだ。腹立たしい。自分が劣位に貶められている。

 しかし、彼の信念が、神代契が上位であることを認めるよう彼に迫っていた。

 今日もヤックキングは配信を始める。いつもと同じようにベラベラと他人への罵倒を口にする。しかし内心はおびえていた。

 打ち合わせで決めた、神代契に割り込んでもらう時間がやってきた。

「ここで、最近は待ってる奴も多いかな、短歌を作ると現実がその通りになるって言う変わった奴に配信に入ってもらう。おい、画面回すぞ」

 ヤックキングは紹介を手短にすませた。あいつについて、多くを語りたくなかった。

 配信画面に映った奴は、ニュースキャスターの如きすました顔をしている。

「紹介にあずかりました、神代契です。ここしばらくの配信で、私が言葉で現実を作り替える力を持つことを、多くの人が認識なされたと思います。しかし、世間では、人間の行動しか変えることができないと噂されていることも耳にします。私は、私の力に制限がないことを皆様に示したいのです」

 神代契は一つ歌を詠んだ。


 陽郷山(ようごうざん)火口は炎を吹き上げて

  天変地異に人知は勝てず

 (句の先頭:ヤ行の『お』、カ行の『あ』、ハ行の『う』、

       タ行の『え』、ザ行の『い』)


 神代契はにこやかに笑う。

「そのようなことがあるはずがない。皆様、そうおっしゃるでしょう。しかし、この言葉は現実を作り替えるのです。皆様はそれを目の当たりにします」


 配信が終わって、午後十二時を過ぎて、翌日未明。

 N県にある活火山の陽郷山で、山頂から雷鳴の如き轟きが響いた。

 火口は火山岩を吹き上げ、溶岩が堰を切って流れ出した。

 麓の消防隊は臨時招集。気象庁では夜明けを待たず臨時の記者会見が設けられた。

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