7 これから私がお伝えすることは、あまりにも突飛で
日曜日の晩。
今日もヤックキングはしゃべっている。
「飲食店が厳しいから支援するべきだって書いてある新聞を、頁をめくると財政健全化が遠のくって書いてあるわけですよ。あんた、どっちが言いたいんですか」
しゃべるにつれてコメント欄のログは伸びる。視聴者がついている証拠だ。
ただ、今日はいつもとは違う趣向を用意している。引き入れたあいつは、使い物になるだろうか?
ネタに区切りがついたところでヤックキングは話を切り出す。
「ところで、今日は変わった奴を紹介したい。未来を当ててみせるとか、言葉で現実を作るとか、頭がおかしいことをごちゃごちゃ言ってる奴なんだが、これが実際当たってるんだ。俺の配信のコメント欄に、なんでか知らんが短歌を書き続けていて、なんでか知らんがきちんと当たってる。『神代契』という名前で書き込んでる奴がそいつだ」
ヤックキングは配信映像に過去の配信のコメント欄を映し出す。東京オリンピックのメダリスト、アイドルグループのCDの売り上げ、ドラマの視聴率、芸能人の不倫。コメントには投稿日時が記録されている。「神代契」のコメントは、いずれも事件が起きる前の日時が記録されている。
コメント欄が沸く。
「マジか」
「埋め込み画像じゃね?」
「保存された配信をチェックしたけど、たしかに載ってる」
「名前が名前だけに、神降臨www」
ヤックキングは配信映像を自分の映像に戻した。
「言いたいことがある奴は自分で言葉を戦わせるのがここのルールだ。だから今日はそいつに生でしゃべってもらう。おい、準備はいいか?」
ヤックキングのPCの別ウィンドウに、神代契とのビデオ通話が繋がっている。彼は微笑みを浮かべている。
「いいですよ」
神代契は事も無げに答えた。
落ち着いていようがいまいが、ヘタを打ったらそいつの責任。ヤックキングは配信映像を神代契の映像に切り替える。
視聴者の前に現れた男は、髪の毛を全体的に襟足に揃えた男性としては長い髪、ブランド物のシャツ、よく開いた目、細い鼻。漫画的ではなく現実にいそうな、どこかのお坊ちゃんに見える。
「皆様、初めまして。私は『神代(こうじろ)契(けい)』と言います」
その男の挨拶は淀みがなかった。画面を占有している男は、ネットを通して視聴者に語りかける。
「これから私がお伝えすることは、あまりにも突飛で、作り事に聞こえたり、あるいは精神病を疑うかもしれません。しかし事実なのです。私は神との契約により、現実世界の未来を作る力を得ました。私は言葉によって、未来を決め、現実を作るのです」
安定しているな。
ヤックキングの感想はそれだった。
映し出されている神代契の顔は影がほとんどない。ライティングが計算されている。パースも狂いがない。素人がビデオ通話をするとカメラの角度が斜めになったり画角を間違えて顔が大きすぎたり小さすぎたりするが、神代契の映像はバランスがいい。
視線はカメラを正面に捉えていて視聴者にとっては自分を見てもらえている気分になる。何より声の抑揚が平坦すぎず大仰すぎず聞き取りやすい。
自分を他人に見せる意識が行き届いている。そのことは生配信を積み重ねたヤックキングにも読み取れた。
神代契は丁寧に呼びかける。
「これから私が口にすることは、これから数日以内に現実になります。皆様には証人になって欲しいのです」
神代契が口を閉じ、配信が一瞬無音になる。視聴者が無音を意識したタイミングで、神代契は口を開いた。
テレビとてニュースの中の王でなし
画面途切れて無様な姿
(句の先頭:タ行の『え』、ナ行の『い』、ア行の『お』、
ガ行の『あ』、バ行の『う』)
神代契は再び視聴者に呼びかける。
「これから数日以内に、地上波テレビでニュース放送中に放送事故が起きます。それは偶然ではありません。私が神との契約により作った未来なのです。事実が明らかになるまでお待ちください。私からは以上です。ヤックキングさん、画面を戻していいですよ」
神代契は品のいい笑みを浮かべた。
ヤックキングは配信画面を自分の顔に切り替える。
「本当に、言いたいことだけ言った奴だなぁ。証拠が残ってるからな。外したら二度とネットに出られなくなるぞ」
ヤックキングはしゃべりつつコメント欄の推移を目で追う。
沸き立っていた。
「面白え人間が出てきたwww」
「弱小政党の政見放送より上手いな」
「放送事故を起こしたら、損害賠償請求されねぇか」
「テレビ局が、神と契約して放送事故を起こしたなんて裁判で主張したら草」
「本当に起きるの???」
「信じる奴は馬鹿」
これなら十分だ。ヤックキングは満足した。
神代契の未来なんて興味ない。ただ、視聴者に火をつける役割は果たした。
それと。言葉で現実を作ることが本当にできるのか。しゃべりたおすことを信念とするヤックキングにとって、言葉にそれほどの力があるのか、自身が視聴者以上に結末を見たいのだ。
手応えを得て生配信は終了した。
翌日のことだった。
公共放送の朝のニュースで画面が乱れて放送が数秒中断したのは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます