6-7 心を堕とそうとしているようだから
葦名は神代の姿を見つめた。年頃の男子だが浮いた話がない葦名にとって、同年代の少女を至近距離で見つめるのは今までにないことだった。
神代は学級の女子の中で背が高い方だが、こうしてベンチに座ると小さい。脚が長いのだ。神代の父も背が高い。受け継いだのだろう。
それでも目は父と違って大きく開いている。母に似たのか。
身体は細い。胸は決して大きくない。それでも少しだけ膨らんでいて女性らしさがある。
芸能人レベルとは言わないが、ルックスに欠点の少ない子。葦名は神代をそう思った。
顔の下半分はマスクに隠れている。思い返すと口元の印象がない。
先日、神代家にお邪魔した際、神代は着替えたときに自宅なのでマスクを外して現れた。しかし葦名は神代の父に会う前に緊張しきっていて、神代の顔をまじまじと見る余裕などなかった。
どんな口をしているのか。どんな素顔をしているのか。葦名は気になった。
「神代さん、変な話をするけど、いいかな? 高校に入学したときにはコロナ禍が始まってたから、神代さんがマスクをしてない姿の記憶がなくって。ちょっとだけ、マスクを取ってもらっていいかな?」
神代が大きな目を丸くする。
「私の顔なんか見たいんですか?」
葦名はやましさを勘づかれたようで神代の目を直視できない。でも引き下がらなかった。
「うん。見たい」
「分かりました」
神代が両手でマスクを取る。小さな口に、薄すぎず厚すぎない唇。マスクに隠れているのでリップクリームはつけていない。照りのない自然な血色。
やっぱり欠点の少ない子だった。
神代がマスクを着ける。
「どうでした?」
「普通……まとまってるなって」
綺麗とは言えなかった。まるで神代の心を堕とそうとしているようだから。それでも女の子に普通と言ってしまったことを葦名は後悔した。
恥ずかしさをこらえきれず頭を掻く葦名を見て、神代も二人で並んで座っているのが気恥ずかしくなる。
「葦名君、疑問点とかありますか? 疑問に答えたら、今日はこれで終わりにしませんか?」
葦名に引き留める蛮勇はない。なんだか悪いことをしているような気がしていたたまれなくなる。
「聞きたいこともないし、大体分かったよ…… 今日はありがとう…… 力は大事に使うよ……」
葦名が目を逸らしたところで神代は立ち上がる。座っている葦名の方を向くと一礼する。
「力は大切なものですので、使い方を誤らないでください。私のように後悔するといけませんから。それではここで失礼します」
「ありがとう。また明日」
顔を上げて踵を返した神代に葦名は座ったまま返事をした。
未来がこうなるとは予想しなかった。それは葦名も同感だった。
同級生の女子の父親の前に出たり、変な力をもらったり、女子と二人きりで会話したり。
本当に未来は分からないものだ。実感として葦名の胸にこみ上げてくる。
その未来を、一部、自分の都合で作り替えられることも分かったのだけれど。
そして傍らに、同じ力を先に授かり、苦しんでいる女の子がいる。
「これからどうしようか」
思わず独り言が漏れる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます