6-1 会ってもいいとのことです
葦名律が、神代結歌から「とんでもない」話を打ち明けられてから、五日経って、今日は週明けの月曜日。
律が自宅で、布団を掛けていない家具調コタツを前にしてあぐらをかきテレビを見ていた夜、コタツの上に置いていたスマホが鳴った。メッセージアプリの着信音だった。
父は隣にいる。ということは家族以外の誰かだ。
いぶかりながらスマホを手に取る。
送信者は神代結歌。通知には「お父様が」から始まる冒頭部分が表示されている。
律は、父に見られないようあわててスマホを引き寄せ、眼前に持ってくる。スマホを持っている右手の親指で通知をタップした。
「お父様が、明日の夕方、葦名君と会ってもいいとのことです。十八時に神代家の自宅で待つこと。との事ですが、仕事の都合があり、最大二時間遅れるそうです。会えるのは長くて二十分とのことです。葦名君の都合はどうですか」
二十分の用事に、最大二時間の遅れ。
実に軽く見られている。
しかし、仕事の都合、とある。律の父も、仕事で遅くなって帰宅が一、二時間遅れることはしばしばある。
大人の仕事はしかたがない。律は、そうわきまえている。
問題は帰宅が遅くなること。
最も遅くて二十時開始で、二十時二十分に終わって、律は自転車を持っていないので徒歩で帰宅。神代家の自宅が同じ市内と考えて、場合によっては家に戻れるのが二十一時をまわりかねない。
高校生が一人で二十一時過ぎまで外出しているのは補導される恐れがある。
何より、父が心配する。
律は、父と神代結歌を天秤にかけた。どちらに嘘をつくべきか。
考えた末に、女の子に嘘をつくことは悪いと思った。
「お父さん、お願いがあるんだけど」
「何だ、律」
「明日、友達が勉強を教えて欲しいと言ってるんだけど、場合によっては帰ってくるのが二十一時を過ぎるかもしれなくて、それ、いいかな……」
隣に座っている父は浮かない顔をしている。律が家にまっすぐ帰らないのは珍しい。滅多にないだけに、なぜ急に律がワガママを言い出したのか、裏の事情を気にかけている。
親子である。そのあたりはあうんの呼吸で伝わる。
「本当に友達なんだろうな。遊び歩いたりしないだろうな」
「友達だよ」
嘘はついていない、と律は自分に嘘をついた。友達が異性であることは隠していた。
律がうろたえないので、父は、認めるというよりは、あきらめた。
「相手の親御さんに迷惑をかけるんじゃないぞ」
日頃、律がまっすぐ家に帰っているから友達と遊べていないことを、父が情けなく思って、たまにワガママを言ってもいいかと許してくれたのではないか。律にはそう思えた。
「うん」
父を騙して、律は心苦しかった。
そしてスマホ画面のテキストフィールドをタップする。
「大丈夫です。明日、放課後に落ち合いましょう」
翌日。
HRを終えて、葦名律は手早く荷物を学生鞄に詰めると、立ち上がり、右斜め前にいる神代結歌の席の横に立つ。
「準備できたよ」
神代結歌は、コクリ、と頭を縦に振り、立ち上がって、教室の外へと歩き出す。葦名はその後ろに着いていく。
神代結歌が歩いて行くのは、県立高校の東側の、戸建てが多い地区。集合住宅が多い葦名が住む地区とは、県立高校から見て、ほぼ真逆。
葦名には、そちらの地区の友達がいない。小中学校は別の校区だったし、高校に上がってから友達の家に行ったことがない。
まあ、葦名の高校生活はすべてコロナ禍だったわけで、同級生も友達の家に遊びに行くことはあまりないだろう。
だから神代結歌の家に向かうことが、何か別世界の出来事のような、ひどく懐かしい時代の出来事のような、とにかく今の日本の話ではないように思われる。
しかし行くと決めたのだ。自分から行くと言ったのだ。
葦名は状況を不思議に感じていることが現れた面持ちながらも歩を進める。
神代結歌は、曲がり角で「こっちです」と言う他は、何も喋らない。
葦名には、神代結歌がどこかおびえているような気がする。
自分はおびえられるような存在なのか。
そのことを思うと、家にお邪魔するのが恥ずかしくなる。呼ばれたのが不思議だと思う。
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