5 私は神の代理として、この世の現実を創る

 令和三年九月二十三日。秋分。

 その夜も、その男はしゃべっていた。

「日本の感染症の水際対策がザルなのは、去年から分かっていたことじゃないですか。それを今さら指摘して、どうにかなるんですか? 無理でしょ? 病気に罹るか罹らないかなんて、自分の責任じゃないですか」

 ヤックキングは生配信で、自分の言葉で、リスナーをあおる。

 コメント欄には、彼に同調する、強者の言葉が次々と並ぶ。

 他人を味方につけるには法則がある。

 馬鹿を「馬鹿だ」と言えばいい。

 人間誰しも、自分から見て他人は馬鹿だ。他人を馬鹿だと言えば、真実を理解してくれた人として認めてもらえる。

 しかしケンカを売る相手は選ばなければいけない。反撃されないよう、きちんと馬鹿を選ぶこと。

 相手を間違えなければ、言葉を売って生きていける。

 こう考えるヤックキング自身がリスナーを馬鹿にしていることを、本人は意識していない。

 世間では馬鹿にされているが今回は見送ったネタが複数あった。

 芸人の塔野博通が週刊誌に不倫をすっぱ抜かれ、それまでの高評が粉飾だったかのごとく人間性を疑う事実が次々暴露されていく。ワイドショーは彼のネタで持ちきりだ。

 しかし有名人を相手にするのは、ケツを持つ人間がいないヤックキングにとっては分が悪い。だから自分ではネタにしない。サンドバッグにするのは馬鹿な一般人。

 ほら。今日もきちんとリスナーがついた。

 大満足のうちにヤックキングはPCの画面の配信終了ボタンをクリックした。

 金をかけたゲーミングチェアを少しリクライニングさせて、ミネラルウォーターを一口飲みこむ。

 あとは、誰にも見られることなく、生中継の最中にあまり目を配れなかったコメント欄を読み返せば今日は終わり。飲むのはミネラルウォーターでいい。コメントがあればアルコールより酔える。

 身体を起こしてコメントに目を通す。

 自分のリスナーは血の気が多い奴が多い。そのことはヤックキングには心地いい。

 コメントの中に、異色の、また無駄なことを書き込んでいる奴がいた。


 参議院議員が抜けて選挙戦

  与党は割れて恨み残らん

  神代契



 またこいつだ。未来を言い当てるなんて言ってさあ。この前は、塔野博通の不倫がすっぱ抜かれるって言ってたよなあ。笑えるよ……

 左手に持っていたミネラルウォーターのペットボトルが、手から滑り落ち、床にぼとりと落ちた。カーペットに水たまりが広がっていく。

 言っていた。たしかにこいつは塔野博通の不倫を言い当てていた。

 あれは八月だった。まだ噂の火の手は上がっていなかった。

 取材している週刊誌より先にすっぱ抜けたのは、なぜだ?

 ヤックキングには理由が分からない。

 気を取り直そうと、タンスまでタオルを取りに行き、カーペットにこぼれた水を拭き取る。それ以上片付ける気力はなく、タオルを洗濯機の中に放り投げた。

 その後、今日のコメントを最後まで読んだ。書かれている言葉が、頭に入らなかった。

 頭が動かないのに、ヤックキングはPCを操作する手を止められない。

 あの頭がおかしい奴がコメントを書き始めたのは七月のことだ。奴がコメントをつけ始めてからの、自分の動画のコメント欄を見返す。

 将棋のタイトル戦の勝敗を全て当てていた。

 大人気アイドルグループ。初出場で売り上げ一位を逃したことを当てていた。

 八月放送ドラマの視聴率一位。当たっていた。

 決着がついていない話はあった。

 しかし、外したものがない。

 マウスを操作する右手が震える。生唾を飲みこむ。

 奴は、誰だ。何だ。

 意を決した。

 コメントのユーザ名に作られたリンクをクリックして本人のプロフィールを表示させる。

 私は神の代理として、この世の現実を創る。

 その一言だけ書かれていた。

 ヤックキングは、自分が使っているSNSで「神代契」を検索する。

 見つけて、フォローしようとしたとき、ウィンドウ内にトレンドが表示された。

 参議院議員急死。

 多くのコメントがつくトピックに、短くそう書かれていた。

 ネットで広まっているということは事実なのだろう。

 奴の言う通りなら、この後の補欠選挙は与党分裂選挙になる。

 果たして、そうなるのか。

 ヤックキングは手の震えが止まった。

 俺は鉱脈を見つけたのだ。自分の目に自信を持った。

 興奮を押させられず、神代契にDMを送る。

「ヤックキングです。あなたのコメントを読ませてもらいました。今まで予言が……」

 すぐに神代契から返答があった。SNSで相互フォローし、メッセージアプリのアカウントを交換し、ビデオ通話を繋げる。

 画面の向こうにいるのは、一言でいうと、品のいい大学生。

 髪の毛を全体的に襟足に揃えた男性としては長い髪と、ブランド物のシャツが、おしゃれな私立大学生をイメージさせる。嫌みにならないのは、よく開いた目と、細い鼻を持ち、顔のバランスがいいからだ。ヤックキングはルックスに小さな妬みを抱いた。

「神代……なんて読むんだ? 俺の生配信にコメント、ずっと短歌だったっけ? 書いてたよな」

「神代契(こうじろ けい)。神と契約を為せる者です。予言とは少し異なります」

 画面の向こうの青年は落ち着いて丁寧に答えた。しかし口調とは裏腹に言葉は大風呂敷だ。

「大層な名前だなあ。中二病的なハンドルつけたもんだ。予言とは違うって言うけど、じゃあ何だよ」

 神代契は笑みを作る。テレビでパーソナリティが見せるような、あまりに完成されたスマイルを。

「本名です。私はそういう運命に生まれついたのです」

 ヤックキングの気持ちが、ふっ、と神代契になびいた。わずかな間の後、神代契は語る。

「私は短歌を使って神と約束できるのです。私が神と約束したことは、神が現実にします。私は未来を言い当てるのではありません。言葉で未来を作るのです」

 大言壮語は、嫌いじゃない。自分だって言いたい放題言ってきた。

 ヤックキングは言葉のフックを入れる。

「じゃあさあ、あんたが短歌を作れば俺が願ったこと何でも叶うの?」

 神代契はゆっくり首を横に振った。

「あなたは、どうやって神と約束するのか知らないのでしょう? 知らない者の願いは受けられません。あくまで内容は私が決めさせていただきます」

 神代契は余裕で微笑んでいる。

「お前が決めるって言うけど、そもそもなにがしたいんだよ?」

 ヤックキングが呼びかけると、神代契の笑みが深くなった。

「あなたの生中継に、私を出演させて、私の短歌を広めさせて欲しいのです。あなたにとっても、視聴者が増えるチャンスのはずです」

 チャンス。

 それを感じたから、神代契に連絡をしたのだ。

「分かった。出演させてやる。言葉で作る現実は、きちんと面白いんだろうな?」

「確約します」

 そして神代契は一瞬ニヤリと笑った。

「お前の現実を作るのはやめておくよ」

「ハァ?」

 ヤックキングが問い返したとき、神代契はテレビのパーソナリティ並みの営業スマイルを浮かべていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る