第3話 トップスター五木ひろきと銀座のボトル獲得術

 実は、五木ひろきの芸名は私がつけたのだった。

 ちゃん付けが似合う名前と、今度こそ「いいツキひろおう」という願いを込めて。 

それから、私はひろきの曲を手掛けることになった。 

「千曲川(ちくまがわ」「あなたの灯」と、次々のヒットを飛ばし「夜空」では、念願のレコード大賞を受賞した。

 ひろきは、大変な根性の持ち主で「疲れた、嫌だ、眠い」の愚痴を決して吐かなかった。

 歌手としてのステータスが上がると、田園調布に家を買いたいので、私に保証人になってくれと言ってきた。

 その頃から彼はブランド志向になり、私のことは「山口洋子は作詞もできる銀座バーのママ」であり、恩人ではないと陰で言うようになったという。

 後から知ったのだが、それはひろきの劣等感の現れであり、私が手掛けた他の歌手と比べられ、順列をつけられるのが怖かったと白状していたが・・・

 まあ、あの時代は、私の店妃(きさき)は経営順調だったので、そういう見方もあるだろうが、当時の私としては恩を仇で返されたような気持ちだった。

「ひろきは、田園調布に家を建てるよりも、田舎の田園に建てた方がお似合いじゃないの」と言ったら、思い切り嫌な顔をされた。

 しかし、売れるにつれて、ひろきのブランド好きは激しくなっていった。

 まあ、元々あまりセンスがなかったのと、五回も失敗した成り上がり歌手だとなめられまいという、精一杯の虚勢もあったのだろう。


 ひろきにとって、私は恩師ではなく、作詞もできる銀座ママという一線を引いたような位置づけでしかないのだ。

 私のおかげで、芸名も決まり、歌手として大ヒットし、紅白歌合戦、レコード大賞までとったくせに、恩知らずといってしまえばそれまでであるが、あくまで私は、ひろきの声に聞きほれる一ファンでしかないのだ。

 でも、私はひろきに恩を着せようとは思わない。

 蝶のようにひらひらと舞うのが好きなだけ。


 今度は、私は小説を書いてみたくなった。

 幸い、私が経営している銀座のバー妃(きさき)には、高名な芥川賞、直木賞作家が何人も客として、遊びに来られ、そのうちの一人である芥川賞作家の弟子になることを許された。

 とにかく嘘は書くな、本当のことだけを書け、そして書きたいモノを書け、そうしなければ読者を騙すようで失礼だ。

 いくら美辞麗句を並べ立てても、読者にはそれが真実から生じたものであるか、嘘で塗り固めたごまかしかは、一行読んだ時点でわかるのだ。

 文章というものは、容姿や声や匂いがないだけ、敏感である。

 いい作品を書こうと思えば、いい生き方をする以外にはない。


 私はいろんな恋を積み、銀座の恋模様も見て来た。

 男には、昼の顔と夜の顔がある。

 昼間の顔は、職場の女性に対しては仕事に厳しく、間違ってもセクハラ候補生にあげられることもなく、家庭に帰ればよきマイホームパパが、クラブ妃(きさき)では、とんでもないプレイボーイだったりするケースは多々ある。

 どちらが本当の顔なのか? 多分どちらも本当の顔であろう。

 まあ、ホステスにとっては、支払いのいい客がいちばんの上客でであり、すぐ触る客がいちばん嫌な客なのであるが、なかには、客に惚れ込むホステスも少なくはないが、悲劇的な結果に終わるケースが多い。


 ホステスが客に惚れ込むほど、みじめなことはないとはいうが、でも恋という感情は、結ばれないという未来がわかっていても、そう簡単に止められるものではない。

 普段は、節約家のホステスが、結婚という二文字を夢見て男にだまされ、霧が消えるように銀座を去って行く。もちろんその後の消息など知るよしもない。

 そんなホステスを数多く見て来た。


 私が惚れ込んだのは、プロ野球選手が多かったなあ。

 でもいくら惚れても、相手は私を銀座ママとしか見ていないのがせつない。

 だって、私の前で浮気話をしたり、うちの店のホステスにちょっかいかけたりしてるんだものね。


 銀座のママといえば、異人種だと思っている人は多いけど、どうってことのない平凡な女性でしかないのよ。

 休みの日の服装は、店とはうってかわって綿パンに綿シャツ、店では通気性の悪いツルツル素材のドレスばかり着ているせいだろうか。休みの日くらいは、風通しがよく、伸縮性のある綿素材で素肌をいたわりたいものである。

 まあ、あまり家事はしないけどね。でも、やはり客と話題を合わすために、常に経済新聞、一般新聞、スポーツを読んで、政治経済、競馬やゴルフまで勉強するわ。

 銀座ホステスは、知性と教養を売り物にしているのよ。


 私は、ほんというと酒が弱いの。

 えっ、酒が弱いくせによくママがつとまるって?

 皆さんご察しの通り、私は自分が飲むより客にボトルをとらせるのがうまかったの。

 ボトルをとらせるコツ、教えましょうか?

 客が望むまま、どんどんグラスを差し出してはダメよ。

 ときには「もうこれで終わりにしましょう」と、ホステスの方からお開きにして、物足りない気分を味わわすのがコツね。

 キャバクラの時間延長と同じよ。

 とにかく次は、ご来店頂くことを考えなきゃね。

 あまり酔わせると、家族のひんしゅくを買い、次からは来店してもらえなくなる。

 やはり、妻と子供を敵に回してまで、銀座にきて頂くのことは不可能ね。

 仮にそういう客がいたら、用心した方がいい。

 絶対、つけを踏み倒したり、ホステスとかけ落ちするパターンが多いが、そうなったら、店としては大マイナスよ。

 やはり、家庭を大切にした上で、銀座のステータスを味わっていただく。

 高いボトルを入れて頂くのは、自分が人生の成功者だというステータスがあるからという優越感のバッチをはめさせることね。


 お客様をベタほめにほめて、ほめ過ぎることがないと思うの。

 そして、お客様と対等に議論を戦わせる必要はなし。

 議論する相手は、家計を握っている奥様か、女性上司だけで充分よ。

 とにかく、お客様に同調してうなずき、間違ったことを言おうならやさしくたしなめることね。

 


 


 

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