秘密を暴くのです!
ここは男子禁制の天如学園。ここには女装男子だけのクラスが存在する。
(ふっ、今日も潜入捜査は完璧なのだ!)
谷山
「ねぇ、なんでいつも虫眼鏡持ってるの?」
そういわれると沙織は虫眼鏡を目に押し当てて得意げに笑った。
「決まっているじゃないかワトソン君。名探偵の必需品だろうワトソン君」
「誰がワトソンだ!」というツッコミを待たずして沙織は「むむ、謎の匂いが向こうから漂ってくるのだ!」といいつつその場から去ってしまう。
(……変な奴)
クラスからは変人扱い、でも自称名探偵を名乗る谷山沙織はそのことを知らない。
(ふっ、私はいずれ名探偵として世界に名を連ねる男。そうなるためには潜入捜査は必須科目! そしてその練習としてこの女子校は選ばれたのだ)
嘘である。
(だから決して私はやましい気持ちなんぞかけらもないのである!)
嘘である。この谷山沙織はやましい気持ちいっぱいで女子校に通うことにしたのである。
(さあ、なにかこの僕を楽しませる謎はないものか!)
ひとつ嘘でないものがあるとすれば、名探偵にあこがれているところ、それのみである。
そんな変人の彼にはたったひとつの悩みがあった。
(ぐぬぬ、クラスの顔と名前が一致せぬ! 人を把握できないなど名探偵にとって最大の汚点! 堕落! なんてことだ……)
入学して二週間経っただろうか、彼はクラス全員の名前を憶えていなかった。ただそれだけの事ではあるが、彼にとっては大きなことである。普段であればすぐに名前を覚えるなどたやすいことなのだ。
中学校の時、ほぼすべての学生の名前と顔を暗記(特に女子)していてそれこそが誇りであり自慢できるひとつであった。
だが彼は学校初日、皆が自己紹介をするべき日を休んでしまっていたのである。ゆえに、名前が分からない。文字だけの名簿を見ても顔が一致しない事態が起きていた。
(はやく! はやく皆の名前を覚えなければ!)
だから今日もせわしなく教室を見回しては、休む暇もなく動き回っているのである。しかし、初日休んだことによる問題はそれだけではないことを沙織はまだ知らないのである。
―――――
一年四組、そのクラスで谷山沙織は頭を抱えて悩んでいた。声に出して唸り、そして頭をかきむしる。そして時折、山中由美のほうをチラリと見た。
(違うと思いたい。が、やはり、さっきの光景が目に焼き付いている……)
その光景を思い出して沙織はまた頭を抱えた。
その光景とは、つい数十分前の休み時間。少し風が強く吹いたとき、たまたま由実のスカートがめくりあがったことにある。
「きゃっ!」
由実が急いでスカートを押さえたが沙織にはあれがはっきり見えてしまっていた。あれとはスパッツの事か? いや違う。スパッツに浮かび上がったアレ(もっこり)の存在を沙織は確認してしまったのである。
(由実は男なのか!)
※実際男である。
だがしかし、谷山沙織は自己紹介がある初日休んでいたために、由実が男であることを知らなかったのである。
ゆえに一人で悶々と悩み続けているのである。
(あいつ男なのか!?)※男である。
「おい、なに由実の事じろじろ見てんのよ」
クラスの問題児認定されている加奈が沙織の元にやって来た。
「加奈ちゃん、なにも私困ってはないよぉ」
「なに言ってんのよ、じろじろ見られたら不快に決まってるじゃない。嫌だったら嫌ってはっきり言うのは当たり前よ。あんたがそんなんだからダメなんじゃない」
「あ、うん。ごめんね」
「はっ! ははあわちょおおおおおわっ!」
由実本人が近づいてきたことにより動揺を隠せず、変な奇声をあげながら沙織は虫眼鏡を武器のように構える。その声でクラスの皆の注目が集まる。
「な、変な声出さないでよ。びっくりするじゃない」
「ふぅー、はぁああああ、ふぅー」
(どどどどどうして、我がサイレンス監視スタイルが暴かれたというのだ!)
大げさなまでに息を整えつつ、その目線の先に由実をとらえて離さない。
「……本当になんなのよ、えっと……誰だっけ」
「沙織ちゃんだよぉ」と由実。
「そ、沙織。とりあえずなんで由実の事嘗め回すように見てたのよ」
(そ、そこまでじゃなかったと思うけどなぁ)
それを聞いた沙織は不気味に笑う。
「……知りたい?」と意味深に。
「早く言いなさいよ」
「今までの関係が崩れることになっても?」
「は? なによそれ」
「それほどの秘密が彼女にはあるんだよぉ」
「……秘密?」
加奈が由実の方を振り返る。
「由実ぃ、なんか私に秘密なんかあるの?」
すると由実はきょとんとした顔で「え、なんにもないと思うけどぉ」と困った様子になる。
「あるよ! 秘密あるよ!」と沙織は虫眼鏡を震わせて必死に代弁する。
(君が男だって秘密がね!) ※皆知ってる。
(由実の秘密ってなんだ?)とクラスの皆も気になりだす。
「いいから早く言いなさいよ!」
そういわれて沙織は息を飲んだ。まさか本当に言わなきゃいけない展開になると思ってみなかったのである。
(やべ、どうしよう)
困った末に沙織は近くにいた遥を手招きして呼ぶ。そしてこっそり耳打ちでその秘密を伝えた。
「由実は実は男だ」と囁く。
「えええええ!!!」と遥が驚く。
「ふふふ、ははは! そうだ! そのままあいつにその秘密を伝えてこい!」
自分で伝える勇気がない卑怯な作戦を沙織は実行した。しかし、これには問題があった。
(こいつ耳に息吹きかけすぎだろ、息の音凄すぎてなんて言ったのか分からん。とりあえず重大な秘密っていうから驚いてみたけど、やっばいよ。え? 俺伝えないといけないのコレ?)
遥に声が届いていなかった。
「なによ! なんでもいいからとっとと教えなさいよ!」
おあずけにされた犬のように待つ加奈。
(やばい、こうなったら)
遥は目があったくるみを手招きして耳元で囁いた。
「由実は実はホモだ」
「な、なんだってええええええ!!!」
(え? とりあえず驚いてみたけど何? ホモって何?)とくるみ。
(よくわからんけどこれぐらいインパクトあったら大丈夫やろ)と遥。
今度は言葉は伝わりはしたものの、意外にも純粋だったくるみがそのホモという単語の意味を知らずにいた。
(え、なに『ほも』って。なにかの言い間違え? え、本当はなんて言おうとしてたの?)
困惑するくるみに遥が「よし、行ってこい!」と背中を押した。
「で? あんたが教えてくれるんでしょうね?」と加奈。
困った末にくるみは逃げるように後ろにいる生徒を掴み、耳元を近づけた。
「由実は……その……実はぅおおおう! だ」
(ごめん! 投げやりでごめん!)くるみは心の中で謝る。
「え? へ? なんて?」
もう一度聞こうとする生徒を押しのけてくるみは逃げ去る。そして最終的に加奈に捕まったのはその生徒だった。
「で、いい加減教えなさい?」
「え、いや、だってその」
(なんなんだよ、『ぅおおおおう!』って。なに? えいえいおお! の『おお!』の部分? だから何?! え、何かの隠喩?)
「はやく」
加奈に掴まれた生徒は苦し紛れに言葉を紡いだ。
「えっと、由実は実は……」
「実は?」
「女王なんだって」
(さすがに苦しいか?)と目を細めると加奈は納得したように「ああなるほどね」とうなづいた。
「え、え? 結局なんていってたのぉ?」
伝言ゲームから帰って来た加奈が鼻で笑う。
「なんでもなかったわよ。単に由実が男なのに女王様みたいに可愛いってだけだったわ。期待して損しちゃった」
「え、そうなの? なんだか恥ずかしいなぁ」
その二人の様子を眺めて沙織は虫眼鏡を二人に向けた。
「なるほど、たとえ真実を知ったとしても関係は変わらないというのか。実に杞憂な問題だった。それを見抜けないとはまだまだ私は未熟だ」
名探偵沙織の冒険はまだまだ続く。
―――――(次の日少女)—————
その日の昼食時間。
「ねぇそういえば聞いてよゴンちゃん」
「なによ」
「実はね、由実ったらクラスから女王様みたいに可愛いって思われてるんだって」
「や、言わなくてもいいよぉ」
「なーに照れてんのよ、本当の事でしょ」
「誰からそんなこと聞いたのよ」
「誰って……えーと、誰だっけ。でも昨日ゴンちゃんが休んでるときに聞いたのよ」
「へー。でも女王様なんて意外ね」
「え? なんで? 別に似合ってるじゃない」
「そんなことないわよ。どっちかっていうと加奈の方が女王様っぽいわよ」
「もうやだ、私ってばそんなに可愛く見えちゃうの?」
それを拒否するようにゴンちゃんは静かに首を振る。
「女王様ってなんだか独裁主義者っぽいイメージあるのよね。だから由実にあうとしたら女王様っていうより、お姫様なんじゃないかしら?」
「え? そ、そんなことないよぉ」と由実。
「でも女王様よりは似合ってるわよ」
「ってことは……」隣で静かに加奈が席を立つ。
「私はどういう意味での女王様よぉおおお」
「エスね」
「こんのぉおおおおおおお!!!」
「や、落ち着いて加奈ちゃああん!」
今日も天如学園は平和です。
―――—————
ちなみに。
「ああ今日はなんだか体の調子が悪いわね」と教室で権十郎がストレッチをしている。そのゴツイ体からはミシミシと音が聞こえるような圧がある。
その様を沙織はみていた。
(ああ、あいつ男なのか)
さすがにそれは普通に受け止めた。
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