更衣室は魅惑的なのです!

 ここは男子禁制の天如学園。そこには女装男子だけのクラスが存在した。





 ここで一つ、皆に問う。学校にて、男子が女子の集団に紛れることが出来るのなら、一体男子はどの時間を楽しみにするだろうか?


 グループを囲んでの昼食タイムか?


 それともそのあとの眺めの昼休みか?


 まさか普通に授業中なんてことはあるまい。


 男なら! そう、体育前の着替え時間こそが期待の最高潮に決まっているだろう! だってそのために慣れない言葉遣いにブラジャーまで恥を忍んでつけているのだ。ゆえに女子の裸を見ることは必須科目なのである。


 ———と、入学前までは誰もが期待をしていた。「ほら、早く着替えないと時間ないわよ」「誰か制汗スプレー貸して―」「あー、もう。汗でベトベト」なんて甘い声が魅惑の女子更衣室に飛び交うのだ。「ひゃっ! 誰よ私の胸をもんだの!」なんて妄想さえしてしまっていただろう。だが実際は違うのだ。


 先に申しておくが、このクラスには女子は一人を除いていないのである。そしてその中で自らが男だと告げたのは由実と権十郎の二人のみ。つまり他の皆はそれを隠していることになる。


 はっきり言おう。着替えている最中にアレの存在(もっこり)を見られるわけにはいかないのである。


 そしてなによりスカートという存在が、まるでプールのバスタオルのように体を隠す役割をフルに果たしてくれるのだ。パンツなど神のごとき存在に手が届くわけもない。


 そして次に第二の資格であるスパッツ。皆が男である限り、女物のパンツをつける訳にいかないと苦肉の策。万が一スカートがめくられても大丈夫のように設置されたそれを誰も突破出来ない。(出来ても男だけど)


 せめて上半身だけは! ……だがそれも駄目!


 学生時代一度はしたことはあるであろう、服を着衣したままの内着替え。あれをされては見えるもの(ブラジャー)も見える訳もない。


 だから結局どうしようもなく、その薄い一枚服の先に着替える音で妄想をはかどらすだけに過ぎなかった。でも、それだけでも毎時間、体育がある日はどうしても期待してしまう男どもの姿がそこにはあった。


 「ねぇ、ゴンちゃん」


 「どうしたの、加奈」


 「由実は一応男だからってトイレで着替えてきてるわけでしょ。あなたは大丈夫なの?」


 「ああそのことね」


 実際、「じゃ、じゃあ私着替えてくるね」と由実は皆が行く方向とは別の方に走っていったのである。(遅刻しないのに慌てて)


 「だって私心は女よ。それに万が一あなた達を襲おうと思ったって、あれ(もっこり)がないじゃないの」


 「……それもそうね」


 「念のために先生にも聞いてみたから大丈夫よ。今の時代、重要なのは心の持ちようなんだって教えてくれたわ」


 周りに心の持ちようがモロ男の奴らは聞いて聞かぬ振りしていそいそと着替えを始める。



―――——


 でも、どうしても諦められない。ついつい着替える手を止めないにしろ、その視点はちらちらと隣を見てしまう。


 (ああくそ! 手を伸ばせば届く距離にあるってのに!)


 女装男子共はギリギリ犯罪手前の気持ちを右往左往していた。いつかチャンスは来ないものかと目が泳ぐ。


 その時だ。


 「あ、あんた今日履いてないんだ。忘れたの?」


 ―――!!!!!!!!!——— 


 これだ! チャンスを待っていたんだとばかりに皆その声がする方を向いた。


 目の前にいたある生徒、ズボンをはく振りで屈みながら目線をそっちに向ける。するとどうだ、見える、見えた。確かに女性用のパンツが目に映る。


 そのままゆっくりと目線をあげていく。


 たくましい太ももからピンクのパンツ。から見えるたくましい腹筋。


 「何見てんのよ」


 「……」


 その先に権十郎と目が合う。


 「もう、エッチ!」


 バチンッ、と勢いよく顔を叩かれ、カエルが潰されたような断末魔をあげる生徒。それを見てすぐさま他の男子は目を背けた。


 ((((こ、殺される……))))


 「もう何やってんのよ。見られるのが嫌ならスカートつけたまま着替えればいいじゃないのよ」と加奈。


 「ええ、なんだか家で着替えてるみたいに癖が出ちゃったのよ」


 「そんな事より彼女大丈夫なの? なんか顔押さえたままうずくまってるけど」


 「大丈夫よ、手加減したに決まってるじゃない」


 「そう……、でもなんだかゴンちゃんの事恐怖の目で見てない? なんか今から殺されるような怯えた顔してるわ」


 「あら、なんだか悪いことをしたわね。一応謝っとくとわ」


 そしてゴンちゃんがその生徒に近づくと、おびえた顔のまま歯をガタつかせて、「ああ! 早く体育行かないと! よおおし!!!」と声をあげて更衣室をダッシュで出ていった。


 「なんだ元気そうじゃない。良かったわ」


 (…………。)


 男どもは心の中で「アーメン」とその生徒を想った。これから先、男子が覗くことがないことをここに誓った瞬間でもある。守るかは不明だが。


 「さ、私達も行くわよ加奈。由実が待ってるわ」


 その恐怖の名を皆に知らしめた将軍の名を『権十郎』。その姿を皆見送った後、各々更衣室から出ていった。





――――(少女、運動中)—————


 「ねぇ加奈ちゃん。更衣室でなにかあったの?」


 準備体操中由実がクエスチョンマークを頭に浮かべて聞いてきた。


 「どうして?」


 「うんあのね。なんか体育館にすごい剣幕で来た子がいたから。ほら、今あっちでうずくまってる」


 由実が指さした先には先ほどの女装男子が目をぐるんぐるん回しながら座っていた。そこへゴンちゃんが近づく姿が見える、とその生徒の様子は一変し、すぐに土下座をしたかと思えばダッシュで体育館を走り回っていた。


 それは初めて見た誰かの女物の下着が権十郎であったからか、それとも叩かれたショックからなのか、誰にも分からない。


 「さあ、知らないわ」


 加奈はそっけなく答えた。

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