青木先生の数学なのです!

 ここは男子禁制の天如学園。そこには女装男子だけの特別クラスが存在する。



 「はぁい、それではみなさん教科書開いてくださぁい。関係ないものは机の上に出さないでねー」


 1年4組3限目の数学、その教師青木恵はあたりを見渡しながらプリントを配った。


 「グループワークを行うので机をくっつけてください」


 そういわれて生徒たちは4人ずつ机をくっつける。机を動かす騒音が消えて加奈は静かに目の前に座るクラスメイトにひっそりと呟いた。


 「なんかあの先生グループワークばっかさせるよね。普通こういうのって国語とかじゃないの。数学で答えを出し合う意味ってあるのかしら、答えはひとつなんだから結局自分で答えを出せるか否かじゃない」


 「ま、まあ授業なんだから仕方ないだろ」


 加奈の目の前に座る遥はそう曖昧に微笑んだ。


 (なんでこいつと同じグループなんだよ。こいつトゲトゲして怖いんだよ、全然乙女要素皆無じゃないか!)


 加奈と同じグループになったクラスメイトの心境はそんな気持ちである。


 (ほかのグループは互いに協力し合って仲良くしているのに……)


 遥が思っているように、他のグループはそれぞれ与えられた課題を教え教えられたりして会話が弾んでいる。特に由実の周りの男……いや、女装男子達はがっつきながらも解き方を教えようとしている。


 「由実ちゃん、ここの問題の解き方わかる?」


 「由実さん、わたくし全部解けましたわ。教えましょうか」


 「あ、えっと。まずは自分で解いてみたい、かな」


 「それでは出来たら答え合わせしましょう!」


 カッコつけたい男にとって教えてもらうという選択肢はないらしい。(ってかそいつ男だぞ、それでいいのかお前ら)というツッコミもいざ知らず。だがしばらく勉強のモチベは下がることは無いだろう。


 その様子を見て青木恵はほくそ笑んでいた。


 (これよこれ! 計画通りってね)


 これでクラスの成績はうなぎのぼりであろう。でも実際に青木恵が狙っているのはそれではなかった。


 (そうよ! 皆もっと話し合って、互いに絆を強めるのよ。いい、すごくいい! もっと互いを意識しあうのよ。それで気づいたころには恋心……でもだめなのよ、だって互いに男なのだから。でも、それでもこの気持ちを押さえられなくてそのままベットに寝そべる二人! それから―――――)


 邪な考えである。


 「はぁい、出来たグループは黒板に答えを書いてくださいねー」


 グループの代表を適当に決め、各々プリントを持って黒板に書きに来る。その中にいる加奈を先生は凝視した。


 (問題はこの子……。どうしてこんな楽園に異物が入り込んでいるのかしら。純粋な女の子なんて必要ないのよ)


 答えを書き終えると、加奈は同じく答えを描きに来た由実と軽く話して席に戻った。


 (まあ仕方ないわね)


 先生は生徒の書いた答えを回答していき、解説する。加奈がまた前の席に向かって話しかける。


 「ねえ、なんか青木先生っておかしくない?」


 「え、そうか?」


 「だってほら見てよ」


 加奈と遥がちらりと先生の方を向く。


 「問題シックス! の答えはぁ、はい正解ね。エッックスぅ、イコール√2。シックスグループ、途中式もちゃんと書いてくださいねー」


 遥が首をかしげる。


 「どこもおかしくないと思うんだけど」


 「ちゃんと聞いたのあんた。ほら、なんか発音絶対おかしいって。なんで他の数字はちゃんというのに6だけ英語で言うのよ。聞き取りづらいわよ」


 「……言われてみたら確かに」


 「でしょ。普通はすぐ気づくわ。なんで分からないのよ」


 (なんでこんなに上から目線なんだよこいつっ……)


 そんなことに意にも介さず、青木先生はチョークを動かしながらその変な発音を続けていた。


 (そうよ! ほら皆そろそろ意識し始めたころじゃないのかしら? 〇ックスよ、〇ックス! 気になり過ぎて目の前のクラスメイトで悶々とするでしょう。いいわ、いいわよ、そのままの勢いで気になる子に声をかけて関係を発展させなさい。いやするべきよ!)


 「はぁい、それでは次のページを開いてください。ここからは新しいとこに入るわよ」


 (新しい扉を開けるのよ!)


 「ここのエックス! もそうですね。中学校の頃の知識があれば十分解けるもんだ――――――」





―――――


 その頃、その教室に向かっている人物が一人いた。


 「青木先生はちゃんと授業しているかなぁ。ああ、なんか嫌な予感がするよぉお。ああ落ち着くのですわたし。いくら言動がたまにおかしいからってこんな決めつけはいけませんよね」


 そろりそろりとばれないように教室の扉から顔を出してみる。見た感じは普通の授業を受けていそうである。が、聞こえてきたのは


 「いいですか皆さん。エッックスとYは切っても切れない、いわば恋人の関係みたいなものです。問題を解くというのはいわば〇ックスみたいなもので、決して焦ってはいけず順序良く解いていくことが二人の答えを出す一番の近道―――――」


 「なにやってるんですかあああ!!」


 耐え切れず扉を勢いよく開けて校長は突っ込んだ。


 「あ、校長先生。お疲れ様です」


 「あ、お疲れ様です。じゃないよ! 生徒たちに何教えているんだ」


 「数学の授業ですけど?」


 「あれは数学じゃないよぉお。数学に恋愛の方程式なんか使わないよぉ」


 「うまいこと言いますね先生」


 「上手くないわ!」


 (ちっ、さすがにやり過ぎたか……)


 その後、青木先生は校長にしっかりとお叱りを受けた。





――――その授業後。


 「どうしたの遥? 次の授業移動クラスだよ。行かないの?」


 「いや、行くけど、ちょっと大丈夫」


 なぜか何人かの男装女子はすぐに席を立ち上がらなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る