第108話 【挿話】皐月 die Aufschlitzerin【外伝】

 明理の「総員、跳躍」の号令を聞いて、雪原の中央から皐月は、やや前方に飛び上がった。

 おなじ第八小隊を組むのは一八式の強丞きょうすけ典保のりやす、〇六式の美姫みき

 後方には小隊長として織香おりかを置いている。

 小隊の中では階級は皐月が一番上だが、小隊長の織香が誰の視線を見つけるかを待つ。

 〇六式の美姫の勢いも気づかい、前に出すぎないようにする。

 散発的に敵性徹攻兵のAPFSDS弾が撃ち込まれてくるが、当てに来ている殺気を感じられない。

 大隊長の色川が「撃ち方、開始」の号令を下す。

 織香から指示が来ない。

 皐月が促す。「織香ちゃん、指定して」

 織香が単純に迷う。「待った」

 この迷いが奏功する。

 輝巳の声が無線で聞こえてくる。「後ろ」

 皐月が振り返る。

 織香が指示をする「皐月」

 皐月が意識を送る。

 強丞も典保も、振り返りざまに皐月と同じ目標を狙う。

 敵もさるもの、皐月の黄色、強丞の緑色、典保の青色の集まる光条を避けるが、敵の狙いも逸れ、橙色の光条が〇六式の美姫のぎりぎり下を飛んでいく。

 嘘でしょ。

 ざっと見渡した感じ、表の敵性徹攻兵より、裏から現れた敵性徹攻兵の方が多い。

 明理の「回避」の指示が飛ぶ。

 距離が近い、敵性徹攻兵が明らかに美姫を狙っているのがわかる。

 詩央の「総員、回避。

 回避して」の声が飛ぶ。

 皐月が黄色い光条を撃ち込んで牽制するが、橙色の光条は美姫の放物線上を狙ってくる。

 美姫は赤い光条を背中から吹き出して軌道を変えるが、ラインメタルを打ち返すだけの余裕は無い。

 詩央の声が飛ぶ。「新たな敵性徹攻兵は総数二十五と推定」

 その瞬間、詩央小隊の白、青、赤の光条が一人の徹攻兵を亡き者にする。

 「早いわ」その驚きは、詩央の戦場感への感嘆と、詩央小隊の仕事の速さへの賞賛と。

 皐月は声を上げる。「強丞は前を警戒、典保は後ろを警戒、そして織香ちゃんは危ない方を見極めて」

 そして続ける。「うちの小隊から、けが人は出さない」

 背中の光条武器は五尺刀。

 女性としては背のある皐月といえども、身に余る長さの武器だがそれを抜く。

 敵性徹攻兵は、美姫の着地地点を目がけて光条武器を抜いてくる。

 美姫もラインメタルで応撃するが砲門の向きで読まれてしまう。

 APFSDS弾をかわした敵性徹攻兵はラインメタルの砲身をかいくぐり、橙色の光条が、美姫に振り下ろされる。

 そこに右斜め後ろから打ち上げるように割り込んできたのは、皐月の鮮やかな黄色光条の五尺刀。

 「美紀ちゃん、下がって援護射撃を」

 「はいっ」

 そこに典保の青い光条が狙いを外して降ってくる。

 典保がこぼす。「こう近くっちゃあ」

 それでも、敵の足が止まる。

 詩央の声が飛ぶ。「新たな敵性徹攻兵は、いずれも第四世代型相当と推定。

 総数二十四、あ、二十三」

 詩央小隊がまた一人落とす。

 橙色の敵性徹攻兵は、すでに美姫のラインメタルの内側にいる。

 美姫が下がるより早く、ダッシュと光条推進でラインメタルごと美姫を突いてくる。

 美姫の撃った弾が暴発し、切り落とされた砲身から炎が上がる。

 その炎の中から橙色の光条武器が突き出されてくるが、皐月の振り下ろした光条武器が橙色の柳葉刀を打ち落とす。

 〇六式のがっしりとした美姫が混乱の中後ろに倒れ込んでしまうが、三一式のすらりとした皐月の刀が美姫の所まで柳葉刀を寄せ付けない。

 そこにもう一人、緑の柳葉刀の敵性徹攻兵が皐月の右側から切り込んでくる。

 皐月は五尺刀という長大な武器をそう感じさせないほど素早く打ち上げ、相手の姿勢を大きく崩す。

 明理が「総員、白兵戦の用意。

 光条武器を構えて」と指示を飛ばす。

 橙色の敵性徹攻兵は姿勢を崩した美姫を執拗に追う。

 皐月は、緑の柳葉刀の敵性徹攻兵の相手に終われて手が回らない。

 そこに上から降りてきた強丞の緑の光条武器が立ちふさがる。

 ようやく、美姫が姿勢を取り戻すと、今度はそこに、敵側稜線上の十八名の敵性徹攻兵からの光条砲の攻撃が飛び込んでくる。

 明理の声が飛ぶ。「落ち着いて。

 落ちついてとにかく回避。

 この時間をしのぎます」

 詩央が声をかける。「皆さん、数はこちらが上です。

 二対一で対処に当たって下さい」

 皐月は舌を巻く。

 さすがね、この状況で数的有利を的確に指摘できるなんて、と。

 皐月は緑の柳葉刀を打ち返しながら声を上げる。「美姫、攻撃はいいから避けることに集中して。

 強丞と典保はオレンジお願い」

 典保が声を上げる。「了解」

 強丞が返事をする。「そっちは?」

 「いま」皐月は緑の柳葉刀を打ち上げる。

 相手が大きくのけぞり光条武器を手放しかけてしまう。

 そして皐月は、大きく一歩踏み込み右上から左下に敵性徹攻兵を袈裟斬りにする。「終わったわ」

 上空で、詩央小隊が的を絞りきれずに戸惑いを見せる。

 皐月が明理に提案する。「明理ちゃん、詩央小隊を両翼に回すのは」

 明理がうなずく。「なるほど。

 颯太、寿利阿、右翼の一番、二番小隊の援護へ。

 快王、司之介、左翼の十一番、十二番小隊の援護へ回って」

 四羽の若鷹が左右に散るのを見て自分自身、強丞と典保の戦闘に向かう。

 織香も、強丞と典保の視界を見ながら、敵性徹攻兵の砲撃が来ないか常に監視している。

 当たれば一発で終わると腰が引けている強丞と典保に比べて、橙色の光条武器を振るう敵性徹攻兵の気迫は違う。

 そして気を抜くと、敵側稜線上より光条砲が撃ち込まれてくる。

 敵性徹攻兵は国境線側へと周り、こちらが攻めようとすると敵側稜線上に背を向けざるを得ない位置を取ってくる。

 皐月は美姫を振り返る。「美紀ちゃん、おとり役だと思って回避に専念して」そういった瞬間、敵側稜線上と戦場の間の雪原から、新たな敵性徹攻兵が湧いて出てくるのを見てしまう。

 嘘でしょ。

 遊が声を上げる。「明理ちゃん、新手」

 輝巳がスコープで数える。「八人。

 装甲がスマート。

 第五世代型の可能性」

 明理が叫ぶ。「総員、新たな伏兵に厳重注意。

 絶対に当たらないで」

 美姫が一弾避ける。

 次の一弾がまた美姫を襲う。

 辛くも、避ける。

 皐月は右手に五尺刀を持ったまま、左手で背中の光条砲を操る。

 新たな伏兵である八名の第五世代型敵性徹攻兵に、とにかく当てずっぽうに乱射する。

 足並みを一旦乱すことはできるが、敵側稜線上の十八名とあわせて全員、〇六式を中心に狙ってくる。

 撃ちきった光条砲を捨てると、美姫の息切れが聞こえてくる。

 まずいわ。

 ジャンプと光条推進で美姫に駆け寄る。

 光条武器の発光を一旦止めて左手で美姫を抱え、そのまま高く飛び上がる。

 三一式に慣熟して無くとも跳躍高度は二百メートルを超える。

 荷物を抱えた的だと思い込んだ敵性徹攻兵が砲撃を加えてくるが、〇六式を着込んだ美姫を片手で抱えたまま、右に上に、左に後ろにと敵の光条を躱す。

 美姫が呟く。「すみません」

 皐月も呟く。「気にしないで、当たらなければ勝ちよ」

 そして続ける。「強丞、典保、絶対に怪我だけはしないで」

 そして、後ろ側に、後ろ側に光条をふかしながら高度を下げ、少し時間をかけて、国境線側に美姫を下ろす。「美紀ちゃん、ここでもおとり役よろしく。

 ラインメタル、取りに行って」

 そう言い残すと、強丞と典保の戦闘に割ってはいる。

 典保が敵性徹攻兵に右から、つまり皐月の向かって左から攻める。

 敵性徹攻兵はそれを大きくはじくと今度は強丞が敵性徹攻兵に左から、つまり皐月の向かって右から攻める。

 これも敵性徹攻兵は力強くはっきりとはじく。

 強丞の光条兵器が大きく上に空いてしまい体ががら空きになる。

 そこに敵性徹攻兵は向かって右下から左上に切り上げようと振り上げる。

 皐月が追いつく。「はああっ」

 皐月は、橙色の柳葉刀を振り上げようとしていた敵性徹攻兵を後から、左上から右下に切り裂く。

 強丞と典保の「おお」とほっとした声が響く。

 敵性徹攻兵の遺体が音を立てて雪原に落ちる。

 その上空を真っ黒い一筋の刃が駆け抜ける。

 黒い流星が、雪原の上に投下される。「待たせたな、ひよっこども」

 戦場の混乱は続き、形成は不利なままだというのに、輝巳の背中を感じた途端、皐月自身、気持ちが晴れ、戦場全体を把握する余裕を持った。

 「美紀ちゃんは敵側稜線上の敵性徹攻兵にラインメタルでの砲撃を続けて。

 強丞と典保は私と一緒に第九小隊への支援に回ります」

 そして続ける。「強丞、典保、美紀ちゃん。

 私達の小隊は絶対に怪我しないと約束して。

 織香は警告出しに意識を集中して」

 怪我さえ、怪我さえしなければ必ず勝てる。

 雪の戦場で皐月はそう確信した。

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