第106話 【挿話】ハイローミックスの過ち(前編)【外伝】

 座間駐屯地の執務室で、デスクに座りながらノートパソコンのキーボードを叩いていた明理が「あっ」と声を上げた。

 隣に座っていた男性自衛官が声をかける。「どうされたんです」

 明理が大きくなった自分のお腹をさする。「いま、お腹の子が、私のお腹を蹴ったの」

 そういって明理が笑う。

 男性自衛官もはにかむ。「産休、もう少ししたら入られるんでしたっけ?

 そんなにお腹が大きくなるまで頑張らなくてもよいでしょうに」

 明理は少し寂しそうに微笑む。「そうね、でも、この報告書は私にしかまとめられないと思うし、産休前にまとめておきたくて」

 男性自衛官は明理のノートパソコンをのぞき込む。「徹攻兵の小隊編成におけるハイローミックスの危険性、ですか」

 明理がうなずく。「そう、人は敗北からこそ、多くを学べるわ」

 男性自衛官は、少し意外そうに眉間にしわを寄せる。「あの戦いは、当初の作戦目標は達成しましたし、損失も最小限でした。

 敗北というには当たらないのでは」

 明理が、窓の外に視線を外す。「そうかも知れないわね。

 ただ。

 その損失がね、大きすぎたわ」

 明理の目には、キャンプ座間の林の木々が映っていた。

 

 レポートの要旨は次の通りだった。

 

 ――曰く――

 

 徹攻兵は二名で一分隊、二分隊の四名と後方に控える小隊長の五名で一小隊を組む。

 この時、直接戦闘に当たるのは小隊長を除く四名である。

 今次作戦においては、大隊全体の規模を整えるべく、小隊の構成に高世代型に対応している徹攻兵と、低世代型に対応している徹攻兵を組み合わせ、いわゆるハイ・ロー・ミックスの構成を取った。

 本資料の結論として、この構成は対徹攻兵戦において機動性を著しく低減させる危険性を訴えるものである。

 

 始めに、徹攻兵の運用の前提から振り返る。

 今更繰り返すまでもないことではあるが、徹攻兵の特殊性はその脅威の防御性にある。

 対人兵器を無効化し、対物兵器である機関砲でさえも、実際の戦線に投入される徹攻兵に関していえば効力を持たない。

 このため、通常時の戦闘において徹攻兵は、最前線の更に前、敵陣地の突破を期待されて投入される。

 これに互するには大量の、あるいは過大な火力、兵力を持って当たらざるを得ず、費用対効果の面で、通常兵器を持ってあたる側は大変大きな負担を強いられる。

 

 この問題に対する一つの解が、徹攻兵に対しては同じ徹攻兵を持って当たる用兵である。

 

 徹攻兵は攻撃面においても、極めて高い能力を示す。

 遠距離においては、高速徹甲弾であるAPFSDS弾で、運動中の人型の目標の部位を狙うことができ、近距離においては、その独特の光条武器を使用し、通常兵器で破壊できない徹攻兵の装甲をも破断する。

 この能力を活用し、初弾で装甲を破壊し、次弾で本体に損傷を与える、多対一の攻撃方法により、徹攻兵の最大の特徴である脅威の防御性を攻略することができる。

 古来より繰り返し主張されていることではあるが、こと戦闘においては数こそ勝利要件であり、遠距離戦においても、近距離戦においても、敵性徹攻兵を数で上回ることで、勝利を確実なものにすることができる。

 

 これは実際、先に展開された南洋戦役においても、本邦側徹攻兵がチームでの運用に当たり、複数徹攻兵が同一目標の同一部位を狙う「多対一」の戦い方を取ったことに対して、敵性徹攻兵側は戦局の終盤に至るまで各個単体での運用にあたり、その結果として、一対四以上の、圧倒的な戦力の数的不利にあった本邦側徹攻兵が、結果的に数的有利な状態を維持し、無傷で戦役を終えたことにもつながる。

 

 ここまでを整理すれば徹攻兵による対徹攻兵戦においても、数こそ勝利要件と解が導き出される。

 

 これを踏まえ、今次作戦においては、高世代型に対応している徹攻兵と、低世代型に対応している徹攻兵を組み合わせた。

 世代間の差は大きく、最も小さい世代差でも一世代差があり、甚だしきは第六世代型装甲服を着甲する徹攻兵と、第三世代型装甲服を着甲する徹攻兵が組み合わされ、世代差は、三世代に相当する。

 世代差は機動性の差を生む。

 そも、徹攻兵はミリ秒単位の時間で判断し、敵性徹攻兵からの攻撃を回避する。

 回避に当たっては、徹攻兵特有の光条推進が多用されるが、平均的な第四世代型装甲服でも八分間の連続推進が可能であるところ、第三世代型装甲服においてはわずか十秒程度と極めて短時間となる。

 十秒でも、単純な回避には十分有効ではあるが、連続した攻撃、集中される攻撃に対する回避に当たっては、有効時間を使い切ってしまう状態が散見された。

 徹攻兵は防御性、攻撃性だけでなく、常人と比較して極めて高い運動性も示し、それ自体は顕現者の体力に依存しない。

 しかし光条推進の連続推進を超えると、息切れの状態をおこし呼吸が安定するまで次の光条推進に入れない欠点を持つ。

 このため、敵性徹攻兵は特に低世代型を中心に攻撃してくるのに対し、同じ小隊の高世代型徹攻兵が、攻撃側の動きではなく、同じ小隊を構成する低世代型徹攻兵の支援のための動きにまわる状態がたびたび繰り返された。

 

 このように機動性の差から生まれる応戦状況への対応に加えて、徹攻兵の特有兵器である光条砲のうち、携行に適したハーフバレル砲の要素が加わる。

 第三世代型装甲服を着甲する徹攻兵は光条砲が運用できず、APFSDS弾を用いたラインメタルを運用することとなる。

 このラインメタルは徹攻兵が運用する場合、有効射程距離は四キロメートルから七キロメートルほどに至るところ、弾速は秒速一・五キロメートルから一・七五キロメートルほどである。

 これに対し第四世代型装甲服以降の装甲服を着甲する徹攻兵が運用するハーフバレル砲は、限界射程距離が一・九二キロメートルと短く、一方の弾速は秒速二キロメートルほどとAPFSDS弾より高速となる。

 まず、このハーフバレル砲を有効にするために、高世代型徹攻兵は、対徹攻兵間の戦闘距離としては中距離に当たる一・九キロメートル以下の距離にまで近づくことを要する。この段階ですでに高世代型徹攻兵と、低世代型徹攻兵の間では移動方法、移動速度に関して差異が生じるため、集団行動のために低世代型徹攻兵の移動速度に合わせることとなり、敵に先んじて有利な位置を取ることを困難にさせる。

 加えて中距離戦に入れた時も、高世代型徹攻兵がハーフバレル砲で高速弾を撃ち込むのに対して、低世代型徹攻兵はAPFSDS弾という比較的低速弾を用いることにより、同一目標の同一位置を狙うという難度の高い戦闘においてタイミングを狂わせることとなる。

 これが時には、敵撃破のタイミングを失い、あるいは逆に敵性徹攻兵に余裕を与え、低世代型徹攻兵への攻撃集中を開始させる切っ掛けを産むこととなる。

 

 今般作戦においては、特務予備着甲科小隊のみ、第六世代型及び第五世代型と高い世代型の徹攻兵のみで小隊を構成した。

 この小隊は、敵性徹攻兵の伏兵が二五名ほど現れた時、とっさにその二名を撃墜するなど高い連携性を見せた、

 その後は敵味方の混乱の中で適切な目標を見失うと同時に、比較的不利な状況が続く一番二番、及び十一番十二番小隊の支援に分散させてしまった。

 これがもし、各小隊の世代間を狭め、高世代型装甲服を着甲する顕現者は一つの小隊にまとめ中距離戦に集中させ、低世代型装甲服を着甲する顕現者は一つの小隊にまとめて遠距離戦に集中させていたら、小隊ごとに、

 光条武器による近距離戦闘小隊、

 ハーフバレル砲による中距離支援小隊、

 APFSDS弾による遠距離支援小隊、など、

 小隊ごとの適切な距離関係での戦闘に集中することができ、武器差によって生まれるミリ秒単位の判断の混乱も回避できた可能性を指摘したい。

 今般作戦においては、小隊単位の狙撃訓練は熱心だっが、大隊を構成する小隊間の異なる距離間での戦闘想定が不足していたことは否めない。

 これに対して敵性徹攻兵は、戦場を特定した上で雪中に伏兵を構えるなど、より実際の戦闘を想定した訓練を繰り返していたことが高く予想され、彼我の想定の差、訓練の差が、戦役中盤の混乱を招いた要因となる。

 

 低世代型といっても、APFSDS弾は七キロメートル程度までは敵性徹攻兵の足を止めることに活用でき、弾着も小隊ごとに安定し、足の止まった敵性徹攻兵を、中距離狙撃小隊がハーフバレル砲で、直接照準で狙うなど、小隊間での役割支援を連携させたより大きな「多対一」の状況を作ることで、戦線を安定させ戦闘を安定させる効果が期待できる。

 このためには、中隊規模対中隊規模などのある程度規模の大きい訓練を繰り返し実施することで、各小隊が各々の役割を正しく理解し、より高次の連携において的を圧倒することを期待するものである。

 

 改めて結論に触れれば、敵性徹攻兵撃退に対しては、本邦側も徹攻兵を持ってせざるを得ず、戦闘に当たっては、常に数的有利な状況を維持しなければならない。

 この条件下においては、戦闘時の最小単位となる小隊はできるかぎり同世代型徹攻兵でまとめて、小隊単位での距離間、戦闘方法に合った運用を実施させることで数的有利な状況を維持し、敵性徹攻兵を各個撃破する効果を高く期待できるものと予測される。

 ハイ・ロー・ミックスは、小隊単位の小規模で行うのではなく、大隊規模の大規模で行うべきである。

 

 以上

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る