第100話 新体制

 月日は、あっという間に経っていく。

 モンゴル、カザフスタンの両国には目立った手間をかけずに撤収できた。

 国境紛争でロシアは、戦闘終了直前の両軍の撤収期に戦闘車両を進めて、国境線を変える癖があった。

 しかし今回はアメリカの後ろ盾も持った自衛隊の徹攻兵がそれを監視し許さなかった。

 これで、地図を変えることなく自衛隊は、中国国内の徹攻兵という潜在的期脅威を低減させることに成功した。

 わずか五年で、五十を超える徹攻兵を準備し、第四世代型はおろか第五世代型まで揃えてくる育成力は脅威ではあった。

 そこで常任理事国五大国の中では、そもそも徹攻兵力の扱いについての新協約についての協議が始まった。

 いくつかの対物兵器が対人兵器として過剰な殺傷力を示すとして、たとえ戦争行為であっても対人兵器としての使用を禁止するべきという取り決めがなされているのと同様に、徹攻兵力も国際間の紛争解決に用いるべきではないという趣旨での協議が始まりつつあった。

 ドイツ、ゼライヒ女王国、オーストラリア、そして日本には新たな役割が与えられようとしていた。

 大国間の話し合いは、静かに、冷厳に、そして密かに進められていた。


 年が明けて新しい年度を迎えようとしていた三月、色川いろかわ大輔だいすけには一佐に昇進と供に新しい任地が与えられた。

 中隊規模ながら、連隊長格の一佐が当てられる対馬警備隊隊長の任務である。

 十三年前になろうとしている対馬来寇から、国境の島、やまねこ部隊にも、非公式ながら二個小隊の徹攻兵が配備されることとなった。

 徹攻兵では、後方の司令室で全体を指揮する小隊長よりも、前線で戦闘を判断する分隊長の力量が重視される。

 対馬警備隊の徹攻兵の分隊長には、二六式への慣熟を済ませた鷲見すみ道照みちあきが含まれていた。

 道照には南沙で〇六式の慣熟を終えた後続の徹攻兵達に対して、戦闘車両の入り込みにくい森林の山岳部で、小銃を中心に、時にはラインメタルを垂直に構えたまま移動して、敵勢力を制圧する模擬訓練の指導が与えられた。


 海上自衛隊では、小安こやす七生なつきだけでなく佐藤みつるが三十パーセントながら、高橋優子ゆうこが二十パーセントながら第五世代型に対応するようになり、二九式海中型装甲服での海中調査の手を増やすことになった。

 優子にはわずか三分余りの潜水時間しかなくとも、時速十七ノットで推進すれば、一分で海深五百メートルを超える深さまで潜ることができる。

 季節による海水温や塩分濃度を計ることで、水温躍層と呼ばれる超音波の届かない領域を測定できる。

 通常型潜水艦の隠密行動には欠かせない重要な軍事情報で、三人は広い海域で調査にかり出されると供に、続く第五世代対応型の徹攻兵の育成も期待されていた。


 穂村ほむら明理あかりには色川に変わる座間の徹攻兵大隊の大隊長になるべく、二佐への昇進の声も上がっていたのだが、産休に入ることになった。

 結婚自体は数年前に済ませていたのだが、ようやく、子宝に恵まれることになった。

 明理自身、ながく日本の徹攻兵の教導役を担っていたこともあり、多くの祝福につつまれることになった。

 徹攻兵大隊の大隊長には別のものが当てられつつ、訓練計画そのものには三一式に対応している相原あいはら皐月さつきが大いに関わることになった。


 都築つづき信世のぶよ春日かすがゆうは装甲服を脱ぐことにした。

 本人達の希望もあって、静かに、特務予備自衛官としての役割を終えることになった。

 それでも、数十年にわたる徹攻兵育成の功績は大きく、本人達を慕う声もあり、座間駐屯地には信世と遊宛ての年賀状の送り先事務処理が加わった。

 集められた年賀状は、座間駐屯地から信世と遊に届けられた。

 信世は不動産鑑定士に戻り、遊は塾講師に戻った。

 もちろん受講生の誰一人、日本最強の徹攻兵の講義を受けていることを知るものはいなかった。


 そして月次の展示訓練。

 世界の政治の中で徹攻兵のあり方が変わろうとしていても、数百万という予算で準備できる徹攻兵は、調達コストが数億に達する他の主力戦闘兵器と比較しても余りに強く、費用対効果も高く、その育成は常に急務であった。

 輝巳や遊、宇や堅剛が示した道は、一朝事ある時、徹攻兵を有効に活用することで、国難を速やかに打開できるというもので、この国の平和を影ながら支える力として、常に求められ続けるものだった。

 幸いなことにこの国には、新しい世代の徹攻兵が育っていた。

 中でも二小こと詩央しお小隊は、少ない出力割合ながら全員が最新の三一式に対応しており、次代の徹攻兵達を率いる存在としてきら星のごとく輝いていた。

 相変わらず、徹攻兵の訓練は夜間の矢臼別演習場で行われていたが、陸自、海自を問わず、展示訓練に参加させることで、世代更新の取り組みを続けていた。

 颯太はやたは、かつて父親が親友とやっていたように、矢臼別演習場の上空を飛ぶCー2から、快王かいおうと供にコンテナをほうり下ろすと、背中の光条推進の出力を確認する。

 支援要員から声がかかる。「それでは、尾形さん、大久保さんの順で降下、お願いします」

 「了解しました。

 尾形、降下開始します」

 純白に塗装され、額の真ん中に短い板状の角を一本つけた颯太の着込む三一式装甲服が、宵闇の矢臼別演習場に飛び降りた。


【本編:了】

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