第099話 帰国
皐月は、長引いた海外派遣から戻ると、マンションの玄関のチャイムを鳴らした。
そもそも、海外渡航とはいえ、私物を持ち込める環境ではなく、駐屯地と自宅を行き来するだけのいつもの荷物しか持ち合わせていなかった。
だから、自分から鍵を開けて入れば良かった。
それでも。
「おかえり」とにこやかに迎え入れてくれたのは同い年の同居している女性。
彼女に、扉を開けて欲しくてチャイムを鳴らしてしまった。
「どうしたの、荷物も多くないみたいだけど?」
明るい髪を、半分三つ編みにしたその女性が迎え入れてくれるのに合わせて玄関に入る。
「ただいま」そういってほほえむ。
「どうか、した」相手の女性が、皐月の瞳をのぞき込んでくる。
やっぱり、この人には隠しきれない。
一筋だけ、涙がこぼれる。
「一人だけなんだけど、戦死者が出たわ」
相手の女性も、目線を落とす。「そうなんだ」
皐月は、靴も脱がずに続けてしまう。「今の任務に就いた時から、ずっとお世話になっていた教官だったの。
何度も一緒に訓練もしたわ。
強くて。
勇敢で。
やさしくて。
なんで、あの人が」
上がりがまちの分身長差が出てしまう相手の女性が、そっと皐月の頭を包み込んでくれる。「大事な、人だったんだね」
皐月は玄関に立ったまま、相手のシャツを握り込んで泣いてしまう。
「あなたより大事な人なんていないわ」
それでも、泣きたい、気分だった。
玄関に飾られた、遅咲きのイザベラの花の香りが、二人を包み込んだ
輝巳の遺骨は、自衛隊の医官によって検屍が行われ、国内でも通用する死亡証明が作成され、あり合わせの木箱に収められて颯太と供に帰宅することとなった。
座間についた颯太を出迎えた詩央は、小さな箱に収められた父親の姿を見て、目をつぶって涙をこらえた。
そして「お帰りなさい」と木箱をなでた。
帰りの電車の中でも、颯太は、一体母になんといえばいいか答えがまとまらなかった。
快王も司之介も、颯太と詩央にかける言葉がなかった。
やがて家に着いた颯太は、詩央に玄関の扉を開けさせると、「ただいま」と告げた。
莉央が降りてくる。「あれ、お父さんは?」
颯太は、木箱を少し上に上げて答えた。「お父さんは、戦死しました」
莉央はそれを聞き、壁に手をつくと座り込んでしまう。「それは」
「お父さんの、遺骨です」
莉央はすぐに、「颯太と詩央には怪我はないの」と聞いてくる。
颯太は「俺たちには、怪我はない」と答える。
詩央はもう一杯一杯だった。「お母さん、ごめんなさい」というのがやっとで、声を上げながら泣いた。
莉央は立ちあがると、優しく詩央の頭をなでる。
「あなた達に怪我がなければ、お父さんも心配なんかしていないと思う。
お葬式を、あげてあげないとね」と、優しく微笑んで子供達をねぎらった。
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