第十章 着甲時強化現象のこれから

第098話 情報開示

 それは、不幸な事故だった。

 ヨーゼフ・ハンスブルクは次の千年紀をほんのあとわずかに控えたその年、慣熟を終えたAWー02からまだ制式化されていない第三世代型装甲服への型式向上に向けた訓練の最中だった。

 AWー01とAWー02の差分から、AWー03の規格は予言されていたが、制式化されていない装甲服というのはなにかと手探りで、ヨーゼフ自身、伸び悩みを見せていた。

 人間関係というものは複雑で、正味の所、彼は今の小隊長とは折り合いが悪かった。

 研究員との話し合いも交えて、小隊の構成を組み替えてみようということになっていた。

 彼は着甲していたAWー02の胸元をあさると、首から提げたクリスタルを引き出した。「これで、こいつともおさらばか」

 こいつ、には二つの意味が込められていた。

 ぎくしゃくしていた小隊長との決別との意味と、その小隊長と意識を繋ぐ絆のクリスタルとの決別との意味と。

 小隊長自身もクリスタルを交換し、新たな小隊を組むことが決まっていた。

 ヨーゼフは装甲を外すのを手伝いに来てくれた研究員と目を併せると、清々した気持ちでクリスタルを握りつぶした。

 

――注記、このファイルは二〇〇五年以降、秘匿扱いとなっていた。

――注記、このファイルは二〇三三年八月三十一日をもって秘匿扱いを解除する。


 そのとたん、ヨーゼフの視界が上にずれていった。

 ヨーゼフは言葉にならない乾いた音を口から漏らした。

 ヨーゼフの光条の色である緑色の光球が、ヨーゼフのへそから半径二十五センチ程度の大きさに彼を包み、そしてかすむように消えていった。

 光球につつまれた範囲を境に、装甲服は錆びて朽ち、アンダーアーマーも穴だらけになって崩れ、かび臭いにおいがそばの研究員の鼻をついた。

 ヨーゼフは光球につつまれた部分の肉体を失い、残った白骨だけでは胸から上を支えきれず、左右の鎖骨が、残された太ももの上に落ちる形で崩れると、そのまま倒れた。

 着甲室は大騒ぎになった。

 着甲したままの両足は左右に分かれて倒れ、ヨーゼフの上半身はその間に仰向けに落ちていた。

 息をするかのように口を動かしていたヨーゼフに、研究員の一人が呼びかけると、一度目を見開き、そちらの方に目線を動かそうとして、目の力を失い、そして完全に動かなくなった。

 誰かが、救急車を、といったが誰の目にも、ヨーゼフの死は明らかだった。

 軍の医療関係者が呼ばれて検屍がなされたが、不可解な報告がなされた。

 骨が、古いという。

 そもそも、肉も腱も軟骨も残さず白骨だけ残っていたのも不可解ではあったが、白骨自体、表面が脆くなっており相当の期間放置されていたことがうかがえるという。

 目の前でヨーゼフが崩れ落ちるのを見ていた研究員達は、そんなはずはないとはいったものの、彼の着ていた装甲服も、アンダーアーマーも朽ちていた様子を思い返せば、彼の遺体の白骨化した部分が時間経過による劣化と同じ状態になっていたとしても、状態だけは一致する。


 ともかく、わかっていることはヨーゼフが着甲していたこと、

 着甲時強化現象が発動した状態のまま通信用のクリスタルを自ら砕いたこと、

 彼の重心点と思われるへそに近い位置から直径五十センチ程度の大きさの光球が出現したこと、

 光球に覆われた範囲に含まれていた、装甲、衣服、アンダーアーマー、そして肉体そのものが風化したこと、などであった。

 非着甲状態、すなわち着甲時強化現象が現れていない時でも、通信用のクリスタルを破壊した場合に利用者の身に危害が生じるのであれば、使用済みクリスタルは厳重に保管しなければならなくなる。

 この、風化する現象の発動条件は正しく見極めておきたい。


 スヴェンは、ここまでのあらましの説明を受けると。「つまりは、俺がさっきまで使っていたこのクリスタルを、この場で破壊して確かめたい、と君たちはいいたいわけだな?」

 とあきらめ顔で答えた。

 「ほんとうに、こういうことになると君たちは、まず俺でためそうとするんだな」

 と、これまでの数々の試験を思い返していた。

 そして「誰かハンマーを持ってきてくれないか?

 かなとこ、なんてここにはないだろうけど」

 持ってこられたハンマーは、釘を打ち込む金槌を意識していたスヴェンを呆れさせるほど大きな、解体工事用のハンマーだった。「まあ、小さなクリスタルを破壊するには、威力は十分だな」

 とスヴェンは諦めきった顔でいった。

 スヴェンは男らしく勇敢だった。

 煉瓦も持ってこさせると外に出て、手頃なコンクリートの床の上に煉瓦をいくつか積み、その上に自分がさっきまで使っていた通信用のクリスタルを置くと、振りかぶったハンマーを振り下ろした。

 クリスタルは下敷きになった煉瓦共々崩れたが、スヴェンの身にはなにも起きなかった。

 念のため心電図や胸部レントゲン、内臓の超音波診断や血液採取も行われたが、既往歴のある小さな嚢腫が再確認できたばかりで何の異常も発見されなかった。

 一通りの検査で異常がないことが報告されると、スヴェンは「ああ、怖かった」と笑いながらいった。

 これでわかっていることは、

 AWー02型装甲服を着甲し

 着甲時強化現象が発動している時に、

 通信用のクリスタルを、

 破壊した場合、

 顕現者の重心から半径二十五センチ、直径五十センチほどの光球が発生し、

 光球の範囲のものが突然風化する、

 ということが明確になった。

 また、着甲していなければ、使用済みのクリスタルを、もとの使用者が破壊しても光球も風化も発生しないこともはっきりした。


 研究者達は参考のために、と、ヨーゼフの遺骨を炭素年代法にかけた。

 結果として、ヨーゼフの遺骨は、六十四年前になくなった遺骨と同程度の風化が進んでいることがわかった。

 そのように評価されると、ヨーゼフの着甲していた装甲服やアンダーアーマーの痛み具合も、その程度の期間放置されて劣化したようにも受け止められた。

 AWー01を着甲していたままでクリスタルを破壊する試験や、開発中の第三世代型装甲服を着甲したままでの試験は見送られた。

 ただ、AWー01とAWー02、そして第三世代型装甲服の予言される能力から、倍に、倍に範囲や影響度が拡大する恐れはあり、その場合周囲を広く巻き込むことも予想され、特に着甲時の通信用クリスタルの扱いは慎重に取り扱うことが義務づけられた。


 因果関係はある程度明らかになっているとはいえ、突然発生し、発生すれば甚大な被害をもたらすことから、時間の地震を意味する時震の球体という意味で時震球という言葉が用意された。 


 二〇〇五年、日本が第二世代の装甲服を慣熟させ制式化させたことを受けて、アデル・ヴォルフ機関は少なくとも第二世代型装甲服の着甲時強化現象の危険性を警告する意味で、時震球に関する報告書をアメリカ国防総省を通じて日本の自衛隊に通告する方針を決めた。

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