第095話 突入

 場は、なんとか持ちこたえている。

 しかし、特に連続十秒程度しか光条推進の効かない〇六式を中心に、動きの鈍さが見えはじめる。

 まだ、被害者は出ていないが、何人かまた、装甲の脆化を受けたものが出る。

 輝巳が背中の光条武器に手を回しながら呟く。「とにかく、あの真ん中の第五世代型に好きにさせちゃいけないな」

 輝巳の光条武器は長すぎて、二本に分割されている。

 柄をねじ込み一本にすると、ロックナットでハードに固定する。

 前後に刃のついた四メートルを超える長刀を構える。「色川さん、信世、遊君、俺、出るわ」

 輝巳は、水平に飛び込むようにジャンプすると、光条推進を使って二キロの距離を一気に詰める。

 黒い流星が、雪原の上に投下される。「待たせたな、ひよっこども」

 そして砲撃戦の構えだった敵性第五世代型を一人、なぎ払う。

 突然飛び込んできた黒い徹攻兵に驚きつつも、砲口を向けた敵性第五世代型に、天空から二本の紫光条が突き刺さる。

 上空には、輝巳の後から飛び上がってきた試験機模様の徹攻兵。「友軍の脱出まで、我ら特務分隊が戦線を維持する。

 者ども、引け」

 輝巳は、ダッシュと光条推進で、とにかく中間の第五世代型の間を飛び回り、何でもいいから光条砲の砲口を落とすことを選ぶ。

 丈さえ詰めれば飛距離は出ない。「遊君、ここは俺に任せて、近接戦の敵の脆化を」

 遊に稜線上の十八名の敵性徹攻兵が何名か、砲火を集中させる。

 遊は空中を舞うように避ける。「色川さん、撤退命令を」

 色川が戸惑う。「しかし」

 輝巳が目の前の敵の刃を払い、その勢いのまま長刀を後ろに伸ばして背後の刀をはじく。

 そして呟く。「しんがりは強兵に任せて。

 心を、鬼に」

 小刻みに空を舞う遊が十八名の一人を落とす。「俺は嫌なんだよ。

 こんな地に自衛官が骨を埋めるのは」

 色川が決断する。「穂村三佐、全軍を率いて国境線上に撤退を開始せよ」

 明理が反論する。「ですが、それでは二人を置き去りに」

 色川が厳命する。「兵数の維持が最優先だ。

 撤退を指揮せよ」

 明理がうなずく。「了解しました。

 各員、撃破ではなく回避を最優先に行動して下さい。

 そして国境線上に移動、体制を立て直します」

 六名の第五世代型の光条砲を、何らか切り裂いた輝巳が飛び上がる。「遊君、こっちぶっ壊す」

 そういうと輝巳は左手に近接武器を持ったまま、十七名に減った敵側稜線上の敵性徹攻兵の手元の光条砲、そして足下に予備として備えられた光条砲に向かって、背中の光条砲を乱打する。

 一、二、三、四、敵の砲撃があがってくる。

 前に、左に、下に、右に避ける。

 五、六、七、八、撃ちきった外側の光条砲を捨て、次の光条砲を構える。

 遊も輝巳の動きに合わせ、二体の敵徹攻兵を落とし、数を十五名に減らす。

 そこまで見とどけると後ろを輝巳に任せ、撤退にもたつく徹攻兵達の援護射撃に移る。

 気を使うのはモンゴル側国境に近い、十一番、十二番小隊。

 快王と司之介の援護もあり、身内は国境線側に回り込み、敵性徹攻兵は遊に背中を見せている。

 当たりさえすればよい、と撃ち込むと、敵性徹攻兵の背中のスラスターパック部分が脆性崩壊し、推力を失って機動が落ちる。

 こうなると敵性徹攻兵は脚で動きを稼ぐしかない。

 これでいい。

 時折、下から攻撃が来るが、輝巳の対処が続いている。

 遊は前後左右、空中で小刻みにフットワークを見せながら右手側から左手側へと、同士討ちにならないよう、落ちついて敵の脚、すなわちスラスターパックを狙う。

 輝巳は、三一式のスラスターの能力を出し惜しみなく活用し、とにかく遊をまともに狙わせないように動きながら、自分も、まともに狙うことにこだわらず光条砲を撃ち込む。

 既に二本目も撃ち終わり、右手に近接武器を持ち替えて左手で光条砲を撃ち込む。

 何人かは、体に当ててやった相手もいるが、とにかく静止目標である、足下の代備品を壊せればよい。

 十五名に減った敵の援護射撃がなくなれば、見方は安全に国境線上に戻れる。

 足下の第五世代型の動きが気になるが、まずは遊の邪魔をさせないための仕事が欠かせない。

 四本目を撃ちきろうとして輝巳は、颯太の影を追ってしまう。

 いるか。

 いた、無事だ。

 そして、四本目を撃ちきろうと視線を目標に戻した時、足下の第五世代型敵性徹攻兵が、雪中に収めていた新たな光条砲を取り出して輝巳を狙う。

 遊は気がつくが輝巳は狙う方に意識が向かってしまっている。「輝巳っ」

 遊の叫びと同時に輝巳が避ける。

 しかし緑、黄色、赤の光条が、揃って輝巳の左脇腹に集中する。

 うぬっ、と輝巳が空中でうめく。

 遊が最後の二本、第一小隊を相手にする敵性徹攻兵の背中に紫光条を当てると、輝巳と遊、二人、地上に降りる。

 遊のカメラを通じて輝巳の背中がモニターに映る。

 黒い装甲の脇腹が欠け、その向こうに白い雪原が見える。

 座間の指揮所で誰もが息をのむ。

 輝巳が声を上げる「明理、状況知らせ」

 遊が背中の光条武器を抜く。

 明理が答える。「第一小隊、間もなく撤退完了。

 国境線上で我々は、今一度砲撃戦の構え。

 敵性徹攻兵は撤退し、そちらに集中してゆきます」

 乱戦中に皐月が更に二名を切り裂き、数を二十名に減じた敵性徹攻兵達は、自国国境内に残る輝巳と遊に集まってくる。

 敵稜線上からも、十五名に減じた敵性徹攻兵の十二名が、手持ちの火器を失い駆け下りてくる。

 色とりどりの近接武器が、前から後ろから輝巳と遊に襲いかかる。

 更には一瞬の隙を狙って砲撃の構えを見せるものも現れる。

 輝巳は前と左から来る柳葉刀を左に払う。

 その勢いで、右に延びた後ろの刃で右に突きを入れ左右に振り回す。

 とにかく輝巳の得物が長く、敵も懐に入り込めない。

 「遊君、引いてくれ」

 「馬鹿いうな」

 輝巳が正面に突きを入れる。「時間が無い」

 背中側から三本の突きが入るのを飛び跳ねて避け光条武器を杖代わりにてんぽを変えて地面に立つ。「〇五年に封印された文書」

 遊はあくまで間合いを取り、敵の攻撃の先の先を取って払い避ける。

 色川が声を上げる「尾形さん、それは無しだ」

 輝巳は背後に突きを入れる。「遊君」

 輝巳はそのまま、黒く染まった両長刀を左右に一周ぐるりと回す。「俺たち」

 輝巳は国境線上に向かって大きく突進して隙を作る。「親友だろ?」

 遊は輝巳の作った退路に向かって大きく左右に大太刀を振るうと全速力で戦場を去る。

 輝巳が友の背中を見送った一瞬を逃さず、青い柳葉刀が輝巳の右足を切り払う。

 輝巳もそれに気がついてはいたが、動きが一瞬遅れる。「メフテーム」そう叫ぶと思い切り踏み込み、青い柳葉刀の徹攻兵の胴体を左から右に両断する。

 敵の徹攻兵の攻撃は止まない。

 既に輝巳は背中のスラスターの勢いだけで立っている。

 とにかく、敵を集めたい。

 遊を追うように延びた敵性徹攻兵に向かい、こちらに振り向かせる。

 左に払う、右後ろに突く、右上に払い上げて飛び込んできた敵性徹攻兵の腹を突く、そのまま小さく飛び上がり足下の攻撃をよける、そして左後ろに刃をのばし、隙をうかがって集まってきた敵性徹攻兵を牽制する。

 輝巳はそれらをすべて片足でこなす。

 遊が明理に指示を出す。「明理、全員に撃たせるな。

 そして全員、稜線の下に頭を下げろ」

 颯太がスコープモードで父親の影を追う。

 詩央がその画像をメインモニターに映し出す。

 色川が声を上げる「総員、爆風が来ると思え。

 稜線の下に待避。

 待避せよ」

 輝巳が十メートルほど飛び上がる。

 それを追うように八人の敵性徹攻兵が飛び上がってくる。

 輝巳は空中で両長刀を乱舞させ、これをいなす。

 一本の橙色の光条が輝巳の装甲をかすめ、頭部の装甲が脆化し左目が現れる。

 輝巳は逆に周囲を見回して、敵性徹攻兵のほとんどを目の届く範囲にとどめたことを視認する。「颯太、詩央、お母さんにも伝えてくれ。

 お父さん、心から」

 輝巳は胸の装甲を引きはがすとアンダーアーマーの上から胸のクリスタルをつかみこむ。

 「愛してる」

 そして輝巳はクリスタルを握りつぶした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る