第094話 決行
八月十三日土曜日、先勝、現地時間午前八時に中国ロシア間の国境十キロ手前を出発した五十名の徹攻兵は、散歩感覚で雪の残る山中を移動し、現地時間午前九時に中ロ国境線上の山岳の稜線左右四キロ余りに展開する。
ちょうど稜線の中央が内側に引き込み、左右が両翼をせり出した鶴翼の陣形を取る。
稜線上が国境線上、武装した状態でここを超えれば越境となり、中国側からどのような攻撃を受けてもおかしくない。
万年雪に覆われた雪原の盆地を挟んで反対側の稜線に、敵性徹攻兵十八名が姿を見せる。
明理が数える。「敵性徹攻兵、対向側の稜線上に出現。
数は、一、二、
十八と推定。
装甲の形状から、第四世代型と推定。
距離、およそ二千七百メートル。
高圧砲と思われるものを所持し砲口をこちらに向けている模様。
総員、警戒」
相手側の稜線の方がやや低く、雪原の中央にはわずかばかりの下りの段差もある。
平坦というわけではないが、複雑な地形でもない。
単純な砲撃戦が予想される。
ただ、八尺砲の短距離有効射程が千九百二十メートルと、現在の距離はやや遠い。
一方、ラインメタルの徹攻兵は通常目標なら三キロでも十分当てられる。
静止目標なら二十五キロでも当てられる。
できれば、相手側からの国境線に向けた砲撃があり、呼応する形での侵入を取りたい。
明理が告げる。「総員、砲口を敵性徹攻兵に構え」
輝巳と遊は、明理達第七小隊や、颯太達第六小隊の後ろに控えて、様子を見守る。
中国側から通常回線で通信が入る。「貴国の行為は国境侵犯に当たる。
速やかに退去されたし。
さもなくば攻撃を開始する」
稜線上四キロ余りにわたって四十八名の徹攻兵が砲門を構える姿は壮観ですらある。
中国側から再び、通常回線で通信が入る。「繰り返す。
速やかに退去されたし。
これは最終警告に当たる。
退去なき場合、攻撃を開始する」
全員、構えを崩さない。
ちょうど一分が経過したところで、相手の火砲が開く。
明理が声を上げる。「回避」
色川が通達する。「全軍、進撃開始」
相手方の砲撃を避けながら慎重に進む。
八尺砲の有効射程に向けて八百メートルほど距離を詰める必用があるが、鈍足の〇六式でも三十秒余りで駆け抜けられる程度の距離でしかない。
第六詩央小隊を除けば、全ての小隊に〇六式が組み込まれており、右端の第一、第二小隊と、左端、モンゴルよりの第十一、第十二小隊は、一八式二名、〇六式二名で構成されている。
相手方の稜線が中央を張り出した形になっており、半月の弧を描く鶴翼の形をそのまま集約したい。
明理が声を上げる。「慌てるな。
集中して砲撃を回避し、陣形を維持したまま距離を詰める」
全員、左右を意識しながら距離を詰める。
後ろから眺めている輝巳が遊に呟く。「相手側、必死さがないね」
遊が答える。「距離が詰まったら、光条砲に切り替えてくるのかもしれん」
輝巳は、自分が動かないのが落ち着かない。「むずかゆいね」
遊が答える。「だな」
座間の指揮所で各員のモニターを確認していた詩央が声を発する。「明理さん、全員、距離千九百」
明理が声を上げる。「総員、跳躍」
色川が通達する。「撃ち方、開始」
それを待っていたかのように、自衛隊側徹攻兵の後ろの雪原から、一斉に敵性徹攻兵が姿を現した。
輝巳が声を上げる「後ろ」
遊も声を上げる「避けろ」
敵性徹攻兵達は、飛び上がった標的の姿に色とりどりの光条を撃ち込む。
明理が声を上げる。「回避」
詩央も声を上げる。「総員、回避。
回避して」そして勘のいい徹攻兵が振り返るモニター画面を大急ぎで数える。
混乱し、とにかくでたらめに自衛隊側徹攻兵が飛び交う中、詩央の声が飛ぶ。「新たな敵性徹攻兵は総数二十五と推定」
そういう間にも司之介が意識を飛ばし、颯太、快王、寿利阿の白、青、赤の光条が一人の徹攻兵を亡き者にする。
しかし、正面の十八名の敵性徹攻兵も光条砲に切り替えてくる。
何を避けていいのかわからない〇六式の徹攻兵の中には、直撃を受けるものも出てくる。
第四世代型の光条砲の威力は三十二センチ、装甲服に対しては四分の一の八センチになるが、そんな大きな穴を装甲に空けた経験のあるものなどおらず、緊張は極度に上がる。
詩央の声が飛ぶ。「新たな敵性徹攻兵は、いずれも第四世代型相当と推定。
総数二十四、あ、二十三」
第六詩央小隊が、また一人徹攻兵を落とす。
半月の弧を描いていた一線の陣形は跡形もなく分断されてしまっている。
何より〇六式の徹攻兵の動揺が大きい。
世代一つ分の違いはそのまま勝敗の違いにつながる。
敵も〇六式を中心に砲撃を集中してくる。
明理が先に気がつく。「総員、白兵戦の用意。
光条武器を構えて」
伏兵として背後に現れた敵性徹攻兵は、距離の近さを更に詰め、光条武器で接近戦を挑んでくる。
輝巳が呟く。「古くさい手を」
遊が苦々しく答える。「驕りがあったことにはかわりはない」
明理の声が飛ぶ。「落ち着いて。
落ちついてとにかく回避。
この時間をしのぎます」
詩央が声をかける。「皆さん、数はこちらが上です。
二対一で対処に当たって下さい」
この一言で嫌な空気が一枚薄まる。
とはいえ、相手の刀には気迫がこもり、対向する稜線上からは、光条砲の援護射撃も続く。
第六詩央小隊も、乱戦の中では同士討ちを警戒して安易に射撃できない。
皐月が一人切り落とす。「明理ちゃん、詩央小隊を両翼に回すのは」
明理がうなずく。「なるほど。
颯太、寿利阿、右翼の一番、二番小隊の援護へ。
快王、司之介、左翼の十一番、十二番小隊の援護へ回って」
眺めながら聞いていた輝巳が小声で呟く。「遠いだろ」
遊がはっきり答える。「いや、ありだろ」
輝巳が答える。「そっか」
詩央が声を上げる。「快王、司之介、十一番、十二番小隊の各員は、モンゴル側国境に近づかないように」
快王が呟く。「発注厳しい」
司之介も声を上げる。「こき使ってくれるね」
敵の刃、敵の砲撃に加えて、モンゴル側国境も気にしなければならない、十一番、十二番小隊の面々は、とにかく応戦と回避で手一杯になる。
詩央小隊がばらけるのを見計らったかのように、敵性徹攻兵側の稜線と戦線の間から、雪に隠れていた伏兵が更に現れる。
遊が声を上げる。「明理ちゃん、新手」
輝巳がスコープで数える。「八人。
装甲がスマート。
第五世代型の可能性」
数が少なくとも距離が近い。二対一で近接戦闘していても、背後から撃たれれば十六センチの大穴が開く。
これは怖い。
明理が叫ぶ。「総員、新たな伏兵に厳重注意。
絶対に当たらないで」
稜線上の十八名と合わせて二十六名の敵性徹攻兵による砲撃は、光った瞬間に当たるようなもので、そちらに集中していないと回避もできない。
しかし砲撃に意識を取られていては目の前の刃がこちらを切り裂いてくる。
当初想定していた作戦は既に破綻し、首狩りゲームのはずがただただもみ合いに変わってくる。
色川が声を上げる。「穂村三佐、体制の立て直しを」
「了解。
総員、国境線側に体制を入れ替えて」
しかし、敵の近接戦闘も、挟撃の意識を持って国境線側にまわる。
誰しも、射撃を集中する訓練を重ねてきたが、当たれば一撃で死ぬ近接戦闘への取り組みが薄かったことに思いを馳せる。
輝巳が呟く。「これ、練習されてたね。
ここで」
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